秘密の花園


「宍戸さ〜ん、お昼食べに行きましょう♪」
 昼休みのチャイムが鳴ると同時に二年の教室から鳳が飛ぶように宍戸の教室までやってきた。
「…アレ?宍戸さん?」
 扉に手をあてて入口で仁王立ちをする鳳はキョロキョロと教室の中を見渡すが宍戸の姿はない。
「どないしたんや鳳」
 教室の隅々までそれこそ床を這うように目をこらして宍戸を捜す鳳に忍足がのんびりと声をかけた。
「あ、先輩。宍戸さん見ませんでした?」
「宍戸やったら後ろの扉から出てったで」
「えぇっ!?」
 慌てて廊下を振り返るがかろうじて廊下を曲がる宍戸の後ろ姿が見えただけだった。
「宍戸さ〜ん!」
「…悪い長太郎」
 大声で名前を呼ぶ鳳の声を背中に受けながらも宍戸は走った。グッと下を向いて走っていると子犬の様に自分の周りをじゃれつく鳳の姿を思い出していたたまれなくなる。


「よう、待たせたな」
 息を切らせて少し額に汗を滲ませながら宍戸が枝をガサッと上げ木陰へと入ってきた。周りは茂みが鬱そうとしているが頭の上だけは枝がなく、見上げるとポッカリと青い空が見える。
「悪い、長太郎をまくのに時間がかかった」
「…いえ」
 ドッカリと隣に腰を下ろすと樺地は小さく呟いた。
「俺が来る前に弁当食ってていーって言ったのにまた食ってねぇのかよ」
「…ウ、でも…」
 樺地の持っているきちんと布巾に包まれた弁当を見て呆れたように呟いた。そんな宍戸に樺地は困ったような顔をして首を微かに横に振った。
「ったく、わかってるって。俺は責めてんじゃねーんだよ。待っててくれたんだろ、優しいなー樺地は」
 ニッと笑って頭を撫でると赤くなって照れる樺地にまたまた可愛いと顔が綻ぶ宍戸。
「よし飯食おうぜ、早くしねーと昼休みが終わっちまううからな」
「ウス」
 嬉しそうに弁当箱を開ける宍戸がふと見ると隣で樺地がサンドイッチを広げていた。
「お前のっていつ見ても美味そう」
 ジッと見つめる宍戸の前にサンドイッチが差し出された。
「食っていいのか?」
「…はい」
「サンキュー樺地。」
 こっくりと頷く樺地が手に持ったままのサンドイッチにそのままかぶりつく。驚いた樺地がサンドイッチを落としそうになるが宍戸の手が手首を掴んでいるため手を動かすことすらできない。
「美味いなコレ」
「…ありがとう、ございます」
 口の端についたソースを拭いながら微笑む宍戸の笑顔は太陽の様だと思いながらも樺地は再び食事を再開しようとした。
「次は俺が食わしてやるよ。ほら…あーん」
 樺地よりも早くサッとサンドイッチを掴むと樺地の口元に持っていく。恥ずかしくって顔を赤らめる樺地だったが期待して見つめる宍戸におずおずと顔を近づけパクッと囓る。
「可愛いな〜樺地は」
 上機嫌で笑うと樺地の肩に手を回しグイっと更に密着させた。
「宍戸さん…」
 近づく宍戸の顔にギュッと目を瞑る。そんな逐一の反応を可愛いと思いながらゆっくりと唇を近づける…

「見つけぞ樺地!」
「宍戸さん!こんな所にいたんですね!!」

 もう少しという所で邪魔が入った。一気に不機嫌という表情で声の方向を見るが、そんな宍戸以上に怒りの表情を浮かべた跡部と涙目で今にも泣きそうな鳳が立っていた。
「宍戸!てめぇ誰の許可を得て樺地と飯食ってんだ!」
「酷いよ樺地、俺だって宍戸さんと一緒にお昼ご飯食べたかったのに!」
 自分の想い人を責めるつもりは全くなく、それぞれの相手に詰め寄る。
「うるせぇ!」
 跡部に胸ぐらを掴まれていた手を振り払い樺地を抱きしめるとキッと二人を睨みつける。
「俺は樺地と一緒に飯が食いたくって樺地も俺と飯が悔いたかったんだ!何か文句あるかよ!!」
「あるに決まってんだろ!」
 大きなぬいぐるみを抱く子供のように樺地を抱きしめる宍戸に負けじと跡部も睨みつける。
「第一どうやってここが分かったんだよ」
「ふん、最近毎週樺地がいなくなるからと思って樺地に発信器を付けたんだ」
「さすが跡部さん…」
 俺をなめるなと自信満々に胸を張る跡部に鳳はしきりに感心している。
「ふざけんな、樺地は犬猫じゃねーぞ!」
 悔しそうに睨む宍戸を鳳と跡部は見下ろす。
「宍戸さん、俺じゃダメなんですか?俺なら宍戸さんのために首輪だって付けますよ。宍戸さんと一緒なら俺、喜んで宍戸さんの犬になります!」
「だから別に俺は樺地のこと犬なんて思ってねーって」
 全く話がかみ合わない、むしろ聞いていない鳳にため息をつきながらこの状況をどうやって打破しようかと考えていた。跡部は跡部で必死に樺地の腕を引っ張ってつれていこうとしている。


「あっとべ〜、何しとるんや。一緒に昼飯食おって言っとったやん」
 その時、天からの助けが宍戸の耳に届いた。
「煩い、今取り込み中だ」
 背後からかけられる声に全面無視をして樺地の腕に抱き付く跡部だがそんな跡部を易々と引き剥がす。
「離せ忍足!」
「お前な〜、樺地が好きなんわわかるけど俺と約束したんやで。約束は守らなあかんやろ」
 後ろから抱きかかえるようにしている忍足に睨み怒鳴りつけるが怖くないと忍足は飄々と跡部を受け流す。
「宍戸さん…」
「あ、そうや鳳。なんや太郎ちゃんが探しとったで、早ぅ行かんと音楽の点数下げられてまうで」
 樺地の反対側からギュッと宍戸に抱き付く鳳に榊が探していたことを伝えると途端に鳳の顔が歪んだ。
「え〜、放課後に聞くからいいですよ」
「んなこと言うてレギュラーから降ろされても知らんで」
 授業の点数が落ちようが上がろうが全く気にしないがレギュラーから降ろされてしまっては宍戸とダブルスが組めなくなる。まだ不満を言いながらも鳳は宍戸から離れた。
「ほら、はよ行き」
「…忍足。」
 背中をポンポンと叩かれてヨロヨロと歩き出す鳳とまだ文句を言っている跡部を先に歩かせてチラっと宍戸を振り返る。
「悪いな…」
「貸し一つやで」
 ニヤっと笑うと手をヒラヒラ振って去っていく忍足に少しだけ感謝をしつつももうここにいては誰にでも見つかるなと次の逢い引きの場所を考える宍戸だった。


「なぁ樺地。この学校内で俺たちが落ち着いて一緒にいられる場所ってねーんだな」
「…はい」
 苦笑いする宍戸に樺地も苦笑いをして返すとギュッと抱き付いた。
「どうしたんだよ?珍しいな」
「今は…誰もいません」
「…そうだな」
 樺地が甘えてくることなんかほとんどなく、甘えられて嬉しそうな宍戸は抱き返してすり寄ってくる樺地の髪に顔を埋めて幸せを満喫した。
「好きだぜ樺地」
「…俺もです」


 二人が揃えばそこはいつでも秘密の花園



終了