跡部の正月


「おかしい…」
 俺は誰に言うともなく呟いた。
「何故だ、何故樺地から連絡が来ない」
 ベッドの上に寝転がり携帯を何度も見るが樺地からの着信はおろかメールすら来ていない。
 そしていつもなら来るだろう忍足やジローからも…
「あれほど年明け瞬間に連絡を寄越せと行ったはずなのに。」
 初めて日本ですごす正月。本当は二年参りという庶民の行事を樺地と一緒にしたかったが危険だからどうしても行ってはいけないと言われて俺は一人家に残った。
 宍戸や忍足達数名が今頃神社にいるらしい…だが俺は別に寂しくなんかねえ。俺は誰だ?俺は跡部景吾だ。俺に寂しいなんて単語は似合う訳がない。
 しかし俺が家にいるのを良いことに樺地が宍戸に襲われては困る。
 だから俺は昨日樺地に言った

『お前は家に残り年越しと共に俺に連絡を寄越せ』

 当然宍戸を筆頭に奴らは全員ブーイングをした。しかし樺地が頷いて承諾したのだから誰にも文句は言わせない。
 そう、樺地が俺の命令を無視するなんてあり得ない。最近宍戸の悪い影響を受けているとはいえ俺の言うことは聞くはずだ。
 あまりの連絡のなさに不審に思い俺は樺地の番号を短縮からかけてみた。しかし、予想に反してなぜか樺地への通話ができない…ツーツーと無機質な機械音だけが耳に届いてくる。
「まさか…連絡が取れないような事に巻き込まれているのか?!」
 その可能性は大いにある。あの純粋な樺地だ、そうに決まってる。
 

「樺地待ってろ!」
 俺は立ち上がるとジャケットを手にかけた。その後は制止する執事の声も聞かずに家を飛び出す。
 どこに行けばいいのか何てわからない。
「…樺地、どこなんだ。」
 俺は呟き辺りを見渡す。二年参りとやらで夜中なのに道には人が耐えることがない。こんな中で樺地はさらわれてしまったのだ!俺がもっとしっかりしていれば…やはり宍戸なんかに樺地をやるわけにはいかない!!
 唇を噛み両手を握りしめて樺地の家を目指す。
 樺地が家にいるかどうかまずは確かめなければ、俺はその気持ちでいっぱいだった。


 ピンポーン、ピンポーン

 はやる気持ちを抑えて樺地の家のチャイムを押す。
「はーい、あら跡部くん。明けましておめでとう。」
 扉を開けて樺地の母親が出てきた。樺地と同じ穏やかな瞳と落ち着いた雰囲気。
「明けましておめでとうございます。あの、宗弘くんは?」
「そうなのよ、せっかく来ていただいたのにごめんなさいねぇ。」
 申し訳なさそうな顔をする母親から察するに樺地はどうも家にいるらしい。しかし俺の命令を何かしらの理由で聞くことができない…

「おばさんそんじゃ俺らは帰りますわ。」
「お邪魔しました〜。」
 ちょうど階段の上から声がして、忍足達が下りてくるのが見えた。
「おし、たり?」
「げっ、跡部じゃんか!」
 忍足のすぐ後ろにいる向日が忍足よりも先に俺を見つけて目を大きくする。
「何で跡部がここにおるんや?」
 忍足も驚きを隠せずに階段の途中で止まっていた。
「てめえら、何してやがった!」
 俺は怒りを露わにすると玄関に上がり忍足達を突き飛ばして二階へと上がった。
 階段を下りてくるメンバーを見た瞬間に気づいたから…

 宍戸がいない

「宍戸!てめえ何こそこそと樺地の邪魔してやがる!!」
 バタンと勢いよく扉を開けるとベッドの上で寝ている樺地とその横でクッションの上に座っている宍戸の姿が目に入った。
「跡部?!お前家から出られねえって…」
「うるさい、この卑怯者!樺地が欲しいならもっと正々堂々としろ。それを俺がいない隙にコソコソしやがって」
 宍戸の胸元を掴んで立ち上がらせる。キッと睨みつけるが宍戸は何が起こったかわからないという顔をしている。しらばっくれやがって
「いきなりどういう事だよ跡部」
「うるせえ!お前らが樺地の携帯を奪って俺に連絡させないようにし向けてたんだろうが」
 ギリギリと締めつけると苦しいのか宍戸の手がパンパンと俺の手首を叩いていた。

「ちょー待ちて跡部!」

 いつのまに戻って来たのか忍足達が間に入って俺と宍戸と引き離す。
「離せよ鳳!」
 怒りで暴れる俺を押さえるのに忍足と鳳の二人がかりになってようやく押さえられるほどだった。
「何だよ、てめえらも宍戸の味方だっていうのか」
 ギロっと睨むと鳳は俺の視線に少しだけビクっと体を縮まらせたが忍足は臆することなくハァっとため息をつく。
「味方も何も、跡部の勘違いやねん。別に俺らは樺地の邪魔しとったわけやないんやで?」
「アーン?どういう事だよ。」
 いまだ理解できない俺に忍足は馴れ馴れしく肩を掴み俺をこの喧噪の中まだ寝ている樺地に近づけた。
「こんだけうるさいのに寝てるなんて普通はジロー以外ありえへんと思わへんか?」
 そういえば確かにおかしい
 見るとパジャマ(クリスマスに俺がプレゼントしたクマ模様だ)を来ている樺地は少し赤い顔で苦しそうに眠っている。
「樺地…」
 そっと額に手をあてるとじわっと汗ばみいつもよりかなり高いのがわかった。
「どうや、わかったか?樺地風邪引いてもうたみたいなんや。そやから俺らは見舞いにきとっただけ。別に邪魔なんか何もしてへんやろ?」
「けど…メールも電話も来てねえ…」
 いくら苦しくてもいつもなら一言くらい連絡があるはずなのに…
「これやから、跡部は正月初心者やからやな。」
 二度目のため息をついて大げさに両手を上げるジェスチャーをすると忍足は携帯のディスプレイを俺に見せた。そこには『しばらくお待ち下さい』の文字。
「?何だこれ?」
「年越しの間は電話やメールの電波が飛び交うからすごく掛かりにくくなるんですよ。だから樺地からも跡部部長に連絡とれなかったんです」
 理解できない俺に日吉が冷ややかに解説を入れた。
「やから別に誰も悪ないんやで」
 わかったか?と俺に笑うが俺は何も言えずにただ苦しそうな樺地の顔を見つめていた。
「あのな跡部…」
 俺に掴まれ乱れた胸元を整えた宍戸が隣に来て一緒に樺地を見る。
「樺地の奴、お前に連絡入れなくっちゃって…苦しいのに必死に携帯を操作してたんだぜ。俺たちにもせっかくだからちゃんと二年参りに行ってくださいって気を遣ってよ。一番辛いのは樺地だったんだからそれをわかってやれよ」
 な、と俺を見て苦笑いする宍戸に俺の心もいつしか穏やかになっていた。
「樺地、悪かったな…」
 ベッドに近づき側に跪くとそっと樺地の額に触れる。
「…跡部、さん?」
 少しだけ意識の戻った樺地が熱で潤んだ瞳で俺を捕らえる。
「すいません…」
「いいんだ樺地、俺こそ悪い。お前から楽しみを奪っちまうような事をして…今日はゆっくり直せ。そして明日には復活しろ。そうしたらみんなで初詣に行くからな。」
「……ウス。」
 小さく頷く樺地に俺は微笑むともう一度だけゆっくりと額を撫でて立ち上がった。
「跡部…」
「病人の所にいつまでもいたら迷惑になるから、とっとと出るぞ」
 俺の声に宍戸や忍足達は頷き樺地の家から次々と出た。


「結局二年参りになんなかったな〜」
「いいじゃないですか、樺地の様子が見れたんですし」
「それとも、二人だけで行った方がよかったんですか?」
 頭の後ろで腕を組んで呟く向日に鳳が微笑むと日吉も意地悪そうに耳元で囁く。
「っ、何言ってんだよ日吉!」
 向日は真っ赤な顔で日吉の背中をバンバンと叩くが日吉は何食わぬ顔でその攻撃を受けている。
「それはそうと、よう跡部がこんな時間に一人で家出て来れたな」
 意外やわ〜と笑う忍足にそう言えばと思い出した。
 出てくるときは樺地の事で頭がいっぱいだったから気にしていなかったが家ではそうとう心配しているだろう。
「無理やり出てきたからな…今頃捜索隊が出てんじゃねえか」
「捜索隊?!」
 当たり前のように言った俺の言葉に何故か絶句する忍足。
「景吾おぼっちゃま!」
 言っているとちょうど路地から執事が俺の姿を見つけて走ってきた。
「いきなり出ていまれますから心配しました」
「悪かったな、すぐに帰る」
 心配そうな顔に声をかけると車に向かうべく歩き出した。しかし思い出して立ち止まると振り返る。
「お前ら、明日の朝八時に神社に集合だ。樺地をいれてちゃんとした初詣をするからな。というわけで今日はもう帰れ、お前らだけで先に神社に行くことは許さねえ」
「はぁ?!跡部横暴!!」
 俺の言葉に即座に向日がキレてギャーギャーとわめいていたが周りに宥められているのが見えた。
「ええやんか岳人」
「せっかくここまで来てんのに!くそくそ跡部!!」
 ピョンピョンと地団駄を踏みながら怒りを露わにする向日にどうとでも言えと笑いがこみ上げてくる。
「あ、跡部さ〜ん!」
 車に乗り込もうとしたときに鳳が思い出したかのように大声だし俺は振り返った。

「明けましておめでとうございます!」

「そういえば言ってなかったな、跡部おめでとう」

「今年もよろしくやで」

「よろしくお願いします」

「くそっ!明けましておめでとうだ!!」

 鳳の言葉を皮切りに宍戸、忍足、日吉、向日がおめでとうと笑う。


「あぁ、あけましておめでとう。今年もよろしくしてやるよ」


 軽く手を挙げて俺は車に乗り込んだ。
「そうだ、三日は樺地の誕生パーティーを俺の家で開くからお前らも呼んでやるよ」
「ちょっと待てよ、そんな話聞いてねーぞ!」
 窓を少しだけ下げて言うと宍戸が聞いてないと激怒する声が聞こえたが俺は気にせず車を出させた。
 
 最初のおめでとうを樺地に言うことが出来なかったがこんな年明けもたまには良いかもしれない。
 来年こそ一番に言いたい…言わせてくれよ、なぁ樺地



 A Happy New Year



終わり