羊の見る夢


「今すぐ来い」


 氷帝学園部長の言葉はいつも唐突だった。


「ちくしょー、何だよいきなり!」
 学校の正門に到着すると宍戸は目の前の跡部に怒鳴った。
「お前が一番遅かったぞ宍戸」
 輪になる真ん中で腕を組んでゆったりと待つ跡部。その後ろには樺地と樺地に背負われて眠っているジロー。他に跡部に呼び出されたのであろう向日と日吉の姿があった。
「俺ん家が一番遠いんだからしょーがねーだろ・・・忍足がいねーじゃねーかよ」
「侑士は関西帰ってんだよ。いつ帰ってくるかはしんねーけどな。そういう鳳はどうしたんだ?」
「鳳は海外だそうです。」
 キョロキョロと辺りを見渡す宍戸に向日が説明をする。向日の問いに関しては行く前から何度も聞かされていたのでであろう日吉がうんざりといった表情で答え宍戸もそれに頷いた。
「だからこのメンバーか・・・で、何の用だ?」
 いつもと微妙に違う顔揃えに納得しつつも跡部に問いかけると跡部はニヤリと笑い歩き出した。
「こっちだ、予約は済んでいる」
「予約?」
 意図が全く分からないと首を捻りながらも宍戸、向日、日吉の三人は跡部の後を樺地と共に歩いていった。


「ここ?」
 跡部が立ち止まったのは学校から歩いてしばらくの所にある広めの喫茶店。
「・・・予約をした跡部ですが」
 先にジローを背負った樺地が入り店員に告げると店員は笑顔で六人を迎え入れた。
 六人が座る予定の席には『予約席』としっかり書かれていたことが、跡部が今日のことを事前に用意していたのだと伺える。
「ジロー、起きろジロー」
 座らされてもまだ眠っているジローの肩を揺さぶり起こす。
「…ん、跡部?…アレ?おはよー…」
 何度も肩を揺すられてジローはやっと目を覚まし辺りを見渡し宍戸達の顔を見つけるとふぁっと欠伸をしながら目を擦った。
「みんなどしたの?」
「どうしたのじゃねーよ、何かしんねーけど跡部が急に呼び出したんだよ。ジローもなんだろ?」
 苛々とコップの水を飲み干すと宍戸はわからないとため息を吐く。
「ジローは樺地に迎えに行かせた、今日の主役だからな」
「主役?今日って何かあるのか?」
 戸惑う向日だが問いかけられてわかるはずもなく日吉も首を横に振った。
「きょう〜?あ、俺の誕生日!」
「そういうことだ」
 何だろうと考えていたジローがパッと顔を輝かせた。そして向日、宍戸、日吉の三人は驚き口々に本当かとジローに確認している。
 樺地だけは動じず、跡部は満足そうに腕を組んでその様子を見ていた。
「じゃあ今日は跡部の奢り?」
「あぁ、適当に頼んであるからな」
 跡部の言葉通り、次第に料理が運ばれてくる。大皿に乗せられたピザやパスタ、サラダがテーブルの上に敷き詰められた。

「お待たせいたしました、綿帽子パフェでございます」

 最後に一際大きなパフェがジローの前に置かれる。
「えー何コレすっげー!!」
「ジロー、お前のだ」
 目の前に置かれたパフェに誰もが注目した。
 そのパフェの土台はフレークと生クリーム、チョコソースが混ぜられた上にフルーツやアイスクリーム、生クリームが彩りよく飾り付けられた一般的な物だったが、てっぺんに大きな綿菓子が乗せられ見た目も大変目立つ物だった。
「綿菓子が乗ってるパフェなんて俺初めて見た」
「俺も初めてだ…」
「でもなんで綿菓子を乗せてるんですか?」
「羊みたいだろ」
 驚きよりも疑問が勝る日吉の問いかけに跡部は優雅に前髪をかきあげながら答えた。
 その答えに日吉はわけがわからないという顔をするが向日と宍戸は何かを思い出した。


『はーい、俺、芥川ジロー。5月5日のこどもの日生まれ。得意な物はボレーで、好物はムースポッキーと羊♪』


 2年前の新入部員挨拶の時ジローは確かにそう言った。跡部はそのことをしっかり覚えていた。
 しかし1年はまだジローの事を特に認識していなく、2年は親と一緒にスイスの別荘に行ってしまい祝うことができなかった。

「俺の誕生日って休みだから誰とも会わずにいっつも過ごしてきたんだよね〜」

 屋上でサボっている時に何気なく呟いたジローの言葉にどうしても今年はジローの誕生日祝いをしてやりたいと跡部は固く誓ったのであった。
「うわ〜、跡部すっげー俺嬉C!」
 すっかり覚醒したジローは綿菓子を千切っては嬉しそうに口に放りこんでいる。
「でも好物が羊だからって綿菓子なのか?」
「本当は羊肉を食わせてやろうと思ったんだがな、ジローは甘い物が好きだからちょうどいいだろう」
「でも好物が羊ってそういう意味じゃないと思うんだけど…」
 ひそひそと言い合う向日と宍戸をよそに跡部は嬉しそうに食べるジローを見つめていた。
「うまいかジロー?」
「うん!すっげー美味い。跡部ありがとー♪」
 口の回りをクリームまみれにしながらニコニコ笑うジローに跡部は満足そうに見つめていた。
「俺たちこっち食ってもいいんだよな?」
「冷めたらもったいねーしな」
 ジローを幸せそうに見つめる跡部を無視することに決めた向日と宍戸と日吉の三人はせっかく呼び出されたのだからとパクパクとテーブルの上の料理を片づけ始めた。


「はー満足満足」
 パフェと共に他の料理も腹一杯に詰め込んだジローは嬉しそうにスプーンを置いた。
「口の回りクリームだらけだぞ」
 ついついいつものクセで宍戸がナプキンをとるとジローの口元を拭いてやる。
「ん、ありがとー宍戸」
「でも俺たちジローの誕生日なんて知らなかったから何も用意してなかくて悪かったな。なぁ日吉?」
「そうですね、第一俺は芥川先輩が羊好きだとも知りませんでしたよ」
 今度ジローのプレゼントを買いに行こうなと日吉に約束する向日。宍戸も少なからず申し訳ないと思っていた。
「別にいーって、俺はこうしてみんなと一緒に飯食えてすっげー楽しかったし。人がいっぱいの誕生日なんて久しぶりだー」
 にっこり笑ってありがとうと言うジローはとても一番最初に誕生日が来た者には見えない。思わずその場にいた者はジローの頭を撫でる。撫でられてジローはくすぐったそうにしていた。
「そういや今日はこの後どうするんだ?予定がないならゲーセンでも行くか?」
 どうせなら夜まで遊ぼうと提案する宍戸にジローは首を横に振る。
「そろそろ忍足が帰ってくるから、今日は忍足ん家に泊まるんだ」
 ニシシと嬉しそうに笑うジローに忍足は今日帰ってくるのだとその場にいた全員が初めて知った。。
「忍足ね、絶対に今日帰るから夕方からは予定開けておいてくれって行ってさ。俺のためにお祝いしてくれんの。忍足可愛いよね♪あ、誕生日だから色々とヤらせてくれるかな〜。忍足って我慢してるときの顔とかすっげー可愛いの」
 悪戯っ子の様な面持ちで今晩の事を考えるジローに、邪魔をしてはいけないなと勝手に納得をしていた跡部達はとりあえず会計をすませると駅まで全員で歩いていった。


「俺と日吉はもうちょっと見たいもんあるからここで解散するな〜」
 駅と反対側の商店街の方を指さすと向日は手を振り日吉は軽く頭を下げてさっさと去っていってしまった。
「宍戸はどうするんだ?」
 このまま帰るには少し時間が余るがかといってこのメンバーで遊びに行っても微妙な感じ。というよりむしろさっさと帰れという跡部の視線を感じて宍戸は帰るかと決断した。
「あぁ、俺は明日も学校あるし今日はこのまま…」

「し、し、ど、さ〜ん!!!」

 帰ると言いかけた宍戸は背後から突然大声で叫ばれながら抱き付かれた。
「長太郎?!」
「会いたかったですよ〜、空港についてまっすぐに宍戸さんの所に来ちゃいましたよ。本当は海外なんて行きたくなかったんですけどね、お祖母様がどうしてもって言うんで…会えて嬉しいです。」
 ぶんぶんと尻尾があったら擬音が聞こえてきそうな程宍戸に頬ずりする鳳に回りは呆れた視線を向けていた。
「わ、わかったから抱き付くんじゃねーよ長太郎」
 必死で顔を押し返す宍戸に鳳は寂しそうに離れた。
「だって俺宍戸さんに会いたくって会いたくって…あ、そうだ。お土産あるんですよ。宍戸さんの好きそうなものとか似合いそうなものとか…」
「あー、わかったからうちにこい。こんな所で鞄を開けて取り出すな。」
 しゃがみ込みガサガサと大量の包み紙を出そうとする鳳を慌てて止めると宍戸は跡部達にそういうことだからと苦笑いをしたまま手を上げ、鳳と一緒に去っていった。
「…あの調子じゃ宍戸の奴喰われて明日の朝練来れねえんじゃねぇの?」
「鳳たまってそーだもんね、でも宍戸案外体力あるから大丈夫なんじゃないの?」
 犬の耳と尻尾が見える鳳と歩く宍戸の背中を見つめながら呟く跡部にジローはふぁっと欠伸をしながらぼんやりと答えた。
「まぁ俺には関係ないからな。そういえば忍足とはどこで待ち合わせなんだ?」
「ん?さっきメールしたらここまで来るって言ってたよ。だから跡部も帰っていーよ。」
「忍足が来るまで待っててやる」
「跡部優C〜。」
 ベンチに座ったままコテっと頭を肩に押し付けるとジローは甘えるように顔をすりつける。
 ジローと樺地に挟まれた跡部は軽くジローの頭を撫でながら忍足の奴ジローを待たせてんじゃねぇよと心の中で毒づいていた。
 しばらくして改札から少し大きめのバックを肩に担いだ忍足が急いで出てきてジローの姿を探す。
「よぉ忍足」
「跡部やんか、ジローは?」
 声をかけられて足早に近づくと跡部の隣でジローは小さな寝息をたてていた。
「ジロー、ジロー…」
 肩を掴んで軽く揺すると眠そうなジローの瞳が忍足を写した。
「アレ?忍足・・・おかえりー」
「ただいまジロー」
 ほにゃっと微笑むジローに忍足は釣られて笑う。
「じゃあ俺たちはもう行くからな」
 跡部が不意に立ち上がり跡部によりかかっていたジローはそのままベンチに倒れかかってしまう。慌てた忍足が支えた。
「うん、ありがとー跡部」
 ぽやぽやと笑いながら礼を言うジローに跡部は振り返らず手だけを挙げた。
「ジローまだ眠いか?」
「んー、大丈夫。行こ」
 ジローの顔を覗き込んで確認すると目を擦りながらもジローは立ち上がり忍足の隣を歩き出した。


「忍足の家にお泊まり久しぶりだね」
「まーそやなー。」
「ご飯どっかで食べてくの?」
「いや、用意されとるからこのまま行くで」
 ニッと何やら意味ありげに笑う忍足の意味がわからずジローはついていく。


 ただわかることは、今日は最高の一日だということ。



終了