南くんと千石くんと愉快な仲間たち〜千石誕生日編〜
「ハッピバースデートゥーミ〜♪」
俺は鼻歌を歌いながらテーブルの上にクロスをひく。
普段はそっけない汚れた木のテーブルだけどこうやって淡い色の布をひくとちょっとは綺麗に見える。
「早く南来ないかな〜」
時計を見るとそろそろ約束の時間。
俺はチャイムが鳴らないかといまかいまかと南を待つ。
「一年、長かったなぁ」
南が俺の家に来るなんて考えもしなかったけど、そのための作戦は大成功だった。
「南〜お疲れ様」
放課後一人で日誌を書いているところに俺はひょっこりと顔を覗かせた。
「千石?お前先に帰ったんじゃないのか」
「頑張ってる南にたまには差し入れだよ」
近づいて顔の前に紙袋を差し出すと、その匂いに気付いたのか南が俺を見つめる。
「差し入れってこれ…」
「そ、熱々のコロッケ。南ここの好きだろ」
「ありがとうな」
コロッケがそんなに嬉しいのかめったに見れない笑顔で南は俺に礼を言った。
「ささ、熱いうちに食べようよ」
言いながらコロッケを取り出して差し出すと南は躊躇なく受け取ってかじりついた。
「熱っ、でもうまいな」
ハフハフと食べる南は部長をしていたころと違って気を抜いてるのかすごく無防備で可愛い。
「本当に美味しいね〜…はい、これ」
俺も同じようにかじりつきながらも俺は隙を狙ってポケットから一枚のカードを差し出す。
コロッケに夢中になってた南は反射的にカードを受け取った。
「ん?…何だこれ。招待状?」
「受け取ったね南、ちゃーんと受け取ったね♪」
俺はニシシと笑いながら南の手にあるカードを取ると開いて見せた。
「じゃーん、『千石清純お誕生日会』の招待状だよ」
「…は?」
状況が理解できなくって目を丸くする南に俺は丁寧に説明してあげる。
「今月の25日って俺の誕生日だったんだよね。でも南はお祝いもプレゼントも何もなかっただろ。だから俺を祝うチャンスをあげようと千石くんは思ったわけだよ」
「何でわざわざ俺が祝うチャンスをもらわなくちゃいけないんだ?」
南の答えは予想通りだよ。俺はポケットから秘密兵器を取り出した。
「携帯がどうしたんだ?」
にやけるのを抑えつつカチっと再生を行う。携帯から少し高い声の俺と南の会話が流れ始めた。
『じゃあ南は来年俺の誕生日祝ってくれる?』
『わかった、誕生会でもなんでもしてやるよ』
『絶対だからね』
「どう…思い出した?」
再生が終わった携帯をもう一度ポケットに戻すと南にニッコリ微笑む。
「もしかして、去年のお前の誕生日のときのやつか?」
「ピンポーン♪一年前って俺も南も結構声高かったんだね」
秘密兵器の効果を南に見ると、眉間に皺を寄せた南は盛大にため息をついた。
「お前、そんな事をわざわざ一年も保存してたのか」
くだらないと呟く南だけど、俺にとってはすげー大切な約束だったんだ。
南だから約束を破るなんてことはしないと思ってるけどさ、『そんな約束知らない』で済まされたら俺の一年が可哀相じゃんか。
「だから、今週の日曜日は俺の家に来てくれるよね♪」
ギュッと手を握ってちょっとおねだり気味に訴えると南は困ったように視線を逸らす。
南って俺がわがまま言うといっつも困った顔するよね。そんなに俺の言う事迷惑なのかなってたまに傷つくんだけど、南は知らないんだろうな。
「ダメなの?他に用事が入ってるとか」
別に南に用事が入ってようとこればっかりは譲る気ないんだけどね、俺以外との約束があるなんて認めないし。
「そう言うわけじゃないけど、この誕生日会って俺が千石を祝うんだろ?」
「そうだよ?祝いたくないとか?」
「俺、今月小遣いがもうないから丸ごとのケーキとか飯とか買って行ってやれないぞ」
「・・・へ?」
南の言葉に俺の思考の方が止まる。
「だから、プレゼントとかちゃんと用意できなくって…せっかくの千石の誕生日なのによ」
なんだよ南!そこまで俺のこと考えてくれてたわけ。
「大丈夫だよ南、ご飯は母さんが用意してくれるって言ってたしケーキは一切れずつのを俺らが食べる分だけでいいからさ」
困った顔の理由がわかって抱きつきたい衝動を必死に机を握る事で抑えながら俺は南に言った。
「それでいいのか?」
「もちろん!だから南来てくれるよね」
うむを言わさない勢いで問い掛けると南はゆっくり首を縦に振ってくれた。
「じゃあ時間はこのカードに書いてあるから、また明日ね!」
ギリギリの理性でギュッと手を握ると俺は慌てて教室から飛び出した。
危うく南に告白してチューの一つでも勢いあまってするところだった。
「ヤバイよ南、なんかもう反則だらけだ」
壁にもたれかかって必死に鼓動を落ち着かせて俺は深呼吸した。
そして誕生日会へと日は過ぎていく
「あの時の南ってばマジでよかったなぁ、俺のためにそこまで考えてくれてたし。やっぱり俺って愛されてるのかも♪」
誕生日当日じゃないけど南が俺を祝いに来てくれるんだ、精一杯もてなさなきゃ…アレ、俺が祝われるんだっけ?
「まぁどっちでもいいや」
ピンポーン
「来た!はいはーい、いらっしゃい南〜…え?」
「よう千石、来たぜ」
扉を開けるとそこには俺の待ち望んだ南。そしてなぜかその背後にデカイ二人…
「ちょっ!何でみなっ?」
「東方とは駅の方で会って亜久津とはケーキ屋で会ったんだ。こいつらも千石を祝ってないって聞いたから一緒に来たんだ」
南…そんな笑顔で言わないでよ。
がっくりうな垂れる俺に気付かずに南は笑いながら説明をしている。
「そっか、そうなんだ…」
ずいぶんと余分なおまけがついてるけどまぁいいや、とりあえず南は来た。
「とりあえず上がってよ、俺の部屋は階段あがって突き当たりだからさ」
問題はこの邪魔な二人を帰すかだ。
階段を上がっていく三人を見ながら俺は東方と亜久津の背中を睨みつけた。
「ここが千石の部屋か、意外に片付いてるんだな」
最初に入った南がキョロキョロと部屋を見渡す。
そりゃ南が来るから必死になって片付けたもんね、普段かけない掃除機とかかけて窓まで拭いた。
おかげで母さんから大掃除より真剣にやってるなんて笑われたけど。
「座ってよ南、はい座布団」
「サンキュー千石…東方と亜久津の分はないのか?」
「あー、南しか来ないと思ってたから用意してなかったよ。二人はそのまま座っといて」
とっとと帰れという視線を向けながら二人に笑うと、南は自分の座布団を渡そうとする。
「お、俺たちは単についてきただけだから南座っとけよ」
家に来た瞬間から俺の不穏な空気に気付いていた東方はすでに逃げ腰になっている。
「別にいいんじゃねーの」
亜久津は相変わらず我関せずでだらりとくつろいでいた…つーか何で亜久津がここにいるんだよ。
南がいるので俺は表には出さずに二人を呪った。こんないい日になんてことをしてくれるんだこいつらは…
「ん?…あ、ちょっと悪い家から電話だ」
一人のんびり本棚を見ていた南の携帯がなり、南は廊下へと出て行った。
これってチャンス?
「…あのさぁ、今日は俺の誕生日祝いってことで南に来てもらったんだよね」
大きな声を出すと廊下の南に聞こえてしまう。俺はできるだけ声を押さえて切り出した。
「それは南に聞いた、でもって俺も祝ってないって言ったらお前も来いって言われたんだ」
「別に東方に祝ってもらっても大して嬉しくないんだけど…」
ジロリと睨むと東方は引き攣った笑いを浮かべた。
俺が南を本気で好きだったのは亜久津以外知らない。けど俺が南にいつもちょっかい出してるから、東方は薄々気付いてるはず。
「もしかして東方って俺と南の邪魔をしたいわけ?」
「は?何を言ってんだよ、わけがわかんねえ」
東方は多分ノーマルだから友人の南をそんな道に引き込みたくないのはわかる…あ
「もしかして東方も南を狙ってるとか?はっきり言って南を譲るつもりは絶対にないから!」
一番恐れている答えが頭に浮かんで俺は東方の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる。
「こんな俺でも必死に暴走するの抑えて今までじっくり暖めてきたんだ、これからもがっつくつもりはまだないし…南の気持ち優先したいけど誰にも渡したくない」
「千石?」
本当は今日何かあるかもって期待してたけど、そんな贅沢は言わない。南が祝ってくれるだけでいい。
「俺にそんなこと言われても…」
「そいつは本当に引きずられて来ただけだろ、用事あるとか言ってたし」
今までずっと黙っていた亜久津がポツリと口を開いた。
「へ?東方本当に用事あるの?」
「そうだ、だからマジですぐに帰るつもりだったんだ」
うんうんと頷く東方に俺はホッと胸を撫で下ろす。
「そっか、俺勘違いしてたみたいだ。メンゴ東方」
手を離してヘヘっと笑うと東方はため息をついた。
「確かに今日南が千石の所に行くって聞いて驚いたけど、別に南が決めた事だから俺が邪魔する必要もないだろ」
「う…確かにそうなんだけどさ」
南と東方は部活でもずっとダブルス組んでて小学校から家も近かったみたいだしすごく仲がいい。
俺が知らない二人だけの会話とかも結構あるから、俺が不安になってもおかしくないっての。
「お前が南に執着してんのは俺から見ても丸わかりだけど、さっきの勢いで押し倒すんじゃないぞ」
苦笑いしながら東方はポンポンと頭を撫でた。
「じゃあ東方協力してよ」
ジッと見上げると東方はバツが悪そうに視線を逸らす。
「俺はどっちの味方にもなるつもりないから頑張れ、南が恋愛感情抜きしても人気あるのは確かだからな」
東方の言うことは一理ある。南は部長辞めても後輩から声かけられてるし優しいから女の子にも人気ある…
「そんなの今更だって、だから俺はいつも頑張ってんのに…南の鈍感〜」
ベッドに飛び込み枕を抱えて唸る。
南が俺の考えてること全部わかればいいのに…いや、全部ばれたら怖がられちゃうかな。
「誰が鈍感だって?」
「み、南!?」
いつからいたのか南は扉を開けて俺を見つめていた。
「戻ってきたら千石はベッドの上で転がって唸ってるし亜久津は先にケーキ食ってるしよ」
よかった、俺と東方の会話は聞かれてなかったのか…ってケーキ?
「亜久津!それ俺のケーキ!!」
「…あ?」
さっきまでは単に座ってただけなのにいつのまにか亜久津は箱を開けてモンブランにかじりついていた。
「うわっ、しかもそれいくつめ?もう一個しか残ってないじゃん!」
「うるせーな…」
箱を覗くと中にはショートケーキが一つだけ残っていた。
「うるさいも何もこれは南が俺のために買ってきたケーキなんだって!」
「まぁまぁ千石」
亜久津に掴みかかろうとする俺を南が背後から必死に宥める。
「俺の、俺のケーキ…」
「そんなに食べたかったんならまた買ってくるから」
そうじゃない、俺は南が俺の誕生日に買ってきてくれたケーキを食べたかったんだ!
「ふん、馬鹿じゃねえの。いくぜ」
「え?あ、あぁまたな千石。そろそろ時間だから俺もここで帰るな南」
まだ腹は治まらなくって一発か二発殴りたかったけど、南に宥められている俺を鼻で笑うと亜久津は東方の腕を掴んで立ち上がった。
「もう行くのか?」
亜久津に引きずられる東方は多少怯えているようにも見えるけど、このままいなくなってくれるんなら好都合。
「用事があるなら仕方ないよね。来てくれてありがとう亜久津、東方♪」
上機嫌で手を振ると亜久津が舌打ちしたように見えたけどまぁいいや。亜久津もモンブラン食べれたからいいだろうし。
俺と南は去っていく二人を見送った。
やっと二人きりになれた…けど、なんかそういう色っぽい雰囲気じゃないんだよなぁ
「千石…」
「何?南〜」
振り返ると南は座布団に座りなおして箱から最後に残ったケーキを取り出した。
「これしか残ってねえけど、その…誕生日おめでとう」
言いなれてないのか照れる南は声を徐々に小さくし少しだけ下を向いた。
「ありがとう南♪」
何かゴタゴタしたけど南の笑顔が見れたからとりあえずいいかな。
俺は南の隣りにちゃっかり座った。
「これ、千石が全部食えよ」
フォークを南に差し出すも南は皿ごと俺のほうにケーキを寄せる。
「何で?」
「だってお前さっきあんなに亜久津に怒ってたろ。そんなに食べたいんなら俺はいいから」
俺が怒った原因がケーキ食べたかったとか思ったんだ、やっぱり南は鈍感だよ。
「別にケーキが食べたかったから怒ったわけじゃないよ」
「でもかなり本気だったろ」
「それは、南が俺のために買ってきてくれたのに亜久津が食べるから…」
南にアーンとかしてもらう予定だったのに、それもこんな一つじゃ難しいんだろうな。
「あーそうか、みんなで食べたかったってことだな」
俺の答えをまた違う風に解釈した南はケーキをフォークで半分に割った。
「そういうことじゃないんだけど、まぁいっか…ねぇ南、誕生日プレゼントって用意してないんだよね?」
「このケーキがプレゼントなんだろ?」
警戒の色を強めた南に俺は一口ケーキをフォークで刺すと顔の前に持っていった。
「『あーん』って食べさせて♪」
「…」
あ、さらに眉間に皺がよった。わかってたけどそこまで嫌がらなくてもいいじゃんか。
「冗談だよ、冗談。たとえ可愛い女の子にも照れてできない南が男相手になんてできないよね」
どうせ無理だとわかっていた願い事。
俺はそのまま自分で食べようとした。
「・・・んっ」
「え?」
口に入るよりも早く南が俺の手首を掴んでそのままケーキを自分の口へと押し込んだ。
「何で南が食べちゃうの?」
モグモグと食べる南は自分側のケーキを一口フォークで刺すと手に持ち直した。
「ほら、千石口開けろよ」
照れ隠しなのか表情は険しいまま俺の前に差し出す。
「南?」
これってまさか、本当に南がしてくれてんの?
「…千石、あーん」
うわっ、何かすごい照れる。言ってる南も照れてるんだけど言われてる俺もすっごい照れる。
「う、うん…」
俺が食うまで手を下げられない南に俺はおずおずと口を開けてケーキを食べた。
「すごい美味しい♪」
「そうか、ならよかった」
ショートケーキなのに今までで食べた中で一番美味しいかもしれない。
照れながらフォークで皿を突付いている南を見て、まだドキドキしてるけどさっきよりは少し余裕ができたかも。
「ねえ南、残りも同じように食べさせてくれない?」
へらへら笑いながら今度は期待を込めてお願いする。
そんな俺に呆れながらも南は再びケーキをフォークに刺して差し出してくれた。
「こういう事は彼女でも作ってやれっての」
「いーんだよ、南からしてもらえるんなら」
誰よりも美味しい食べ方。
食べさせてもらうなんて何だかエロくない?
「なんかこうやってるとよ…」
何度か口に運ばれるケーキをラブラブで食べていると南がポツリと呟いた。
こうやってると?恋人っぽいとか?
「鳥の雛にエサやってるみたいだな」
ハハハと笑う南に俺は一気に脱力した。
「ヒ、ヒナ?」
「そうだ、口開けて待ってるとことかが似てるなと思って」
ガーン、酷いよ。俺がこんなにラブラブだとか思ってたのに南はヒナにエサやってる気分なんて。
悔しいなんてもんじゃない。こんな所に東方や亜久津がいなくてよかった、絶対に馬鹿にされる。
「うー、じゃあケーキ以外のご飯も南が食べさせてよ」
「何言ってんだ、それくらい自分で食えって」
笑う南は俺の頭を撫でて子供扱いする。
「ちぇ、俺はもっともっと愛が欲しいんだよ〜」
冗談めいて茶化すからか南はやっぱり笑顔で笑っている。
南に告白したいけど言ったらこんな風に笑いかけてくれるのかな、不安ばかりが大きくなっていつまでも言葉が出ない。
「来年こそはちゃんと覚えて祝ってやるから、拗ねんなよ」
「南の覚えるは期待しないよ」
そうやって毎年毎年言ってくれるのも何年続くのかな。
「じゃあよ」
少し落ち込む俺に南はニッと笑った。
「千石が誕生日前に俺に言いに来いよ。そうしたらいつでもどこにいてもちゃんと千石の誕生日に祝ってやるから」
「え、いつでもどこにいても?」
「あぁ、ちゃんと祝ってやるぜ」
落ち込んだ俺の心を一気に引き上げた南の言葉に俺はギュっと抱きついた。
「おい、千石?」
「南…俺ちゃんと南のところに行くから、だから南も祝ってね」
中学を卒業したら離れてしまうかもっていう不安もあった。けど、南が言ってくれたから俺は大丈夫。
「千石は俺の誕生日もちゃんと祝ってくれてるしな、俺ばっかり祝われてるのはフェアじゃないし」
南のこういう律儀なところも大好きだ、もう南の全てが愛しくてたまらない。
「ありがとう南、これからもよろしくね」
肩に顔をすりつけて精一杯俺の愛情を伝える。
触れた部分から感情が流れ込むなんて歌があったけど、俺の気持ちはどうやって伝えるのが一番いいんだろう。
焦る気持ちと不安に押しつぶされそうな気持ち、暴走する気持ちと臆病な気持ち。
全て恋心に昇華して伝える日を早く迎えたい。
「俺の手におえるうちはせいぜい相手してやるよ」
苦笑いする南の声を聞きながら、俺はとりあえず今このチャンスをせめてじっくり味わおうとしっかりと抱きついていた。
終わり