南と千石の夏休み 後編


「南、今晩は客間で寝てみない?」


 久しぶりに千石が泊まりに来た夜のこと。
 晩飯を食って公園に花火をしに行って、帰ってから俺が自分の部屋に千石用の布団を引いていると風呂から戻ってきた千石が突然言い出した。
「何で客間なんだ?」
 俺の家の客間、とは言っても六畳の和室で俺の部屋と大きさは変わらない。
 本当は一緒の布団で寝ようとか言われるかと思って期待してたんだけどな…まぁ一応つきあってるわけだし。
「あそこって網戸にしたら風通りよくない?さっき帰ってくるときすっごいいい風が吹いてたからさ」
 別に一階の俺の部屋から同じ一階にある客間に布団を移動させるくらい大した労力でもないしな。
「別に構わないぞ?」
 千石が喜ぶんなら別にいいか、とついつい無意識に千石優先の行動を取ってしまうところが東方いわく『南は千石に甘すぎる』ってことなんだろうな。
 でもそんなこと言ったってなぁ、好きな奴の喜ぶ顔とかはみたいしそのためなら多少の苦労も苦労と思わないっていうか…って東方に言ったら嫌そうな顔で引かれたっけ。それでも最近東方も慣れてきたよな、バレた時はもっと毛嫌いして嫌われるかと思ったけど。
「やったぁ、俺も運ぶの手伝うから♪」
「当たり前だ」
 隣にきた千石が敷いた布団を再び畳みだす。
「あ、そうだ。俺が持って行っとくから南風呂入ってきなよ」
 確かにその方が効率的だが、面倒くさがりやな千石が珍しいな。
「じゃあ俺も風呂に入ってくるかな。もう一組は客間の押入れにあるから」
「了解〜」
 やる気を出してる千石の厚意を無駄にするのも悪いので、俺は着替えを持って風呂場へと向かった。


「上がったぞ」
「おかえり南〜」
 タオルで髪に残る水滴をガシガシ拭きながら客間に行くと、二人分の布団をぴったりとくっつけて千石が真ん中に大の字で寝転がっていた。
「こうやって布団くっつけてるとさ、合宿みたいじゃない?」
 そういえば今年のジュニア選抜に行ったときは二人で一部屋のホテルみたいで雰囲気が出なかったって言ってたっけ。 
「二つしかなかったら合宿も何もないだろうけどな」
「雰囲気だよ雰囲気♪」
 布団の上に座ると真新しいシーツの香りがした。


 二人で敷布団の上に寝転がってタオルケットを気持ち程度上にかける。
「…」
 しばらく話していたけど急に訪れた沈黙。千石の奴寝てんのか?
「…ねぇ南」
 起き上がって確認しようかと思った矢先、千石が話しだした。
「何だ?」
「話してよ」
 横を見ると、千石は天井を見つめたまま話し続けてる。
「話って?」
「何でもいいんだけどそうだなぁ…あー、南の夏の思い出が聞きたい。今までで一番印象に残ってる話」
 顔をこちらに向けてニコっと笑った。
 印象に残ってる夏の思い出って言ってもなぁ。
「何でもいいよ、聞かせて」
 千石の目は何故か期待に満ち溢れている。
 俺は何か話しにできるようなことはないかと必死に過去の記憶を辿った。


「あれは確か、小学一年の時だったと思う」
 とある思い出を、記憶を頼りに語り始める。
「ちょうど弟が産まれる年だったんだ。その時はまだ東方とかとも出会ってなくて一人で夏休みは暇だろうからって、俺は親父の田舎に預けられたんだ」

『健太郎はお兄ちゃんになるんだから一人でも平気よね』
『うん、俺大丈夫だよ!』

 俺はお腹の大きな母さんが心配だったけど、それ以上に俺を心配してくれる両親に大丈夫だと俺はできるだけ元気よく帰っていく両親の乗る車を見送った。
「そこは本当に田舎で、家に住んでるのも祖父ちゃんと祖母ちゃんだけだったから俺には遊び相手が一人もいなかった。
 それでも楽しかった。普段では見ることのできない川や山にドキドキした。
「朝から晩まで虫取り網持って虫を捕まえたり、祖父ちゃんに川に連れて行ってもらった釣りをしたり」
 何もかもが初体験で見るもの全てが新鮮だった。
「そうそう、村の夏祭りにも行ったな。初めて浴衣を着せてもらってよくわからない盆踊りを踊らされた」

「…で?」

 懐かしいなと思い出に浸っていると、千石が目を大きく開いて俺の話を待っている。
「それでって、それだけだけど?田舎は楽しかったって印象に残ってる夏の思い出」
「何それ!スリルや冒険やドキドキとか淡い恋心とか、そういうのはなかったの!?」
 俺が話し終わると千石は体を起こしてまくし立てる。
「田舎の子と知り合って子供だけで行っちゃいけない場所に行ってみたとか、夜にどこかの場所に行って白い影を見たとか。名前も知らない女の子と出会って今でも忘れられない初恋の思い出だとか、そういうエピソードはないわけ?」
「残念ながら一つもないな」
 キッパリと断言すると、千石は腕の力を抜いてへなへなと再び布団に忍び込んだ。
「せっかく南の面白い話が聞けると思ったのに、何その地味っぷり」
 地味で悪かったな…千石が何でもいいから聞きたいって言ったんだろ。
「じゃあ千石ならあるのか?俺のを地味って言うくらいだから派手な思い出があるんだろ」
 俺らのことを地味だと言いながら、実は千石だって言うほど派手じゃないのを知っている。女の子を追いかけては振られるし(これは俺と付き合ってからはしなくなったけど)、髪の色は他校にもすごいのがゴロゴロいるしなぁ。
「俺の思い出?えーっとね、知らない人に飴をもらってついていったら誘拐団で捕まってる間に仲間割れして片方が海外のマフィアと繋がってたり…」
 は?マジかよ!?

「…なーんてことは一つもなかったかな」

 こっちを向いてニヤっと意地悪く笑った千石の顔が憎らしくて
「お前って奴はぁ!」
 上から乗っかって押さえ込むと千石も布団を叩いてギブアップと騒ぐ。
「はぁ、はぁ、ちょっとした冗談じゃんか。なのに南ってば真に受けて可愛い〜」
「本気で驚いたのにお前最悪」
 つんつんと俺の頬を突付いてくるけど、俺は本当にびっくりしたんだからな。
「怒った?」
「怒った」
「南ってたまにすごい子供っぽいときあるよねー」
 俺の反応がツボに入ったのか千石は嬉しそうに枕に顔を押し付けて笑いを殺す。
「…」
 本気で怒ったわけじゃないけどからかわれて何だか悔しくて、俺が無言で布団に横になると千石は笑うのを止めて俺の方に顔を向ける。
「ごめんね〜南」
「何に対してだ?」
「南の思い出を地味って言ったこと」
 騙したことに関しては無しかよ。
「他の人が聞いたら地味だって思うようなことでもさ、南にとってはキラキラ輝く宝物みたいなもんなんだよね」
 珍しく真剣な顔で俺の顔を見つめる千石の頭を撫でると、千石は嬉しそうに微笑んだ。
「今日さ、一緒に飯作って食ったり花火したりこうやって布団並べて寝たり。普通の事なのに南と一緒だったから俺すげー楽しかった。これも、いつかキラキラした思い出になんのかなぁ」
 少し寂しげに視線を外す千石。
「別に…これからも毎年すればいいだろ。飯作ったりこうやって泊まったりとか別に夏でなくてもいいし」
「それってさ、ずっと一緒ってこと?」
 俺の言葉に何故か驚いたような千石。
「お前は俺と別れたいのか?」
 例え話だとしても『別れたい』なんて単語は自分で言って気持ちいいもんじゃない。
「嫌だよ、俺もずっと南と一緒にいたい」
「だったらいいんじゃねえの」
 頭においていた手で撫でるのを再開すると、もぞもぞと俺の側までやってきてぴたりとくっついた。
「…暑いぞ千石」
「このくらい我慢してよ」
 ギュっと背中に手を回されて胸に顔をくっつけられる。
「俺、南を好きになってよかった」
 呟かれた言葉は俺にくっついてるせいでくぐもる。
「南も俺じゃなきゃダメだよね?うん、俺たちは出会うべくして出会ったんだよ。これってすごく派手なことじゃない?」
 顔を上げた千石の顔が思った以上に近くにあって
「だったら、この運命の出会いはものすごくラッキーってことなんだろうな」
 一つ千石にキスをして思いっきり抱きしめた。
「南に派手で恥ずかしいセリフは似合わないよ」
 照れ隠しで言ったせいか、千石の声はずいぶんと甘く聞こえた。



終わり