真っ白な頭の中


 三月といってもまだまだ寒い。ハァっと息を吐くと白くなって消えていく。
「さみぃ…」
 言ってみたところで寒さが変わるわけでもなくて、俺は冷たくなった手をコートに突っ込みながら千石との待ち合わせ場所へ急いだ。
 公園の角を曲がった時、柵に寄りかかってる千石が見えた。
 寒いのか同じように手に息をかけながら真っ赤なマフラーに顔をうずめている。

「あ、南♪」

 それまで空中を見ていた顔が俺に気づくとパッと笑顔が浮かんだ。
「悪い待たせたな」
「大丈夫だよ、俺が早く来すぎただけだし」
 近づくと頬が真っ赤で、どれだけ待ってたんだよと触るとやっぱり氷の様に冷たかった。
「え、どどどどうしたの南?」
 俺の行動に驚いたのか頬だけじゃなく顔中真っ赤にして千石が驚く。
「冷たすぎだバカ。どれだけ待ったんだよ」
「バカって酷いんじゃない?愛しの千石くんが南のために待ってたのに」
 驚いた顔が見る見るうちに不機嫌になり、頬を膨らませて口を尖らす。本当に百面相だな。
「ちょっと、何笑ってんだよ」
 今度は怒った。
 笑いがこみ上げてくる俺に怒った千石が軽く叩いてくる。
「いや、悪い、面白いと思っただけだ」
「面白い?俺は真剣に南を待ってたのに!」
 どんどん怒って上がっていく千石のテンションとは反対に、俺は笑いが止まらなくなる。
「なんだよ南のバカ!マヌケ!意地悪!地味!」
 地味は今の状況と関係ないだろとちょっとだけムッとするけど怒らせた俺が悪いのは事実。
「悪かったからそんなに怒るな」
「せっかく会えたのに南が不機嫌にさせたんじゃんかー」

 顔を横に向けていかにも怒ってますアピールをする千石の頬に俺はポケットに入れていたココアの缶をくっつけた。
「うぉ?あったかーい」
「これで許してくれ」
 ポケットに入れていたからまだ少しは暖かさが残っている。缶を受け取った千石は自分の手で缶に頬擦りしていた。
「仕方ないなぁ、ココアのあったかさに許してあげましょう」
 幸せそうに笑う千石にまた笑いそうになったけど、ここで笑ったら本当に怒らせちまうしな。
「で、南からのホワイトデーはこれなの?」
 しばらく缶で暖を取っていた千石がチラっと俺を見上げてきた。
「ホワイトデーのはこっち」
 先月のバレンタイン、俺らはお互いからもらえると思って結局0という間抜けぶりを発揮した。
 その結果、ホワイトデーに交換をしようと決まったのだが、普段人に物を上げなれていない俺は盛大に悩んだ。アクセとかは千石も喜びそうだけど趣味が違ったら困るだろうし手作りとかは俺にはできない。
「なにこれ?」
 俺が渡した袋をガサガサ開けて中からオレンジ色の手袋を取り出した。
「いつも手寒そうだし…」
 よく着替えの時に冷え性だとこっそり背中を触るという悪戯をよくしてきている。いきなり冷たい手をくっつけられるのって、本当に心臓に悪いんだよな。
「ありがとう南、大事にするよ」
 手触りを確かめるように手袋に擦り寄る千石が何だかすごく可愛く見える。本当に手袋でよかったのか悩んだけど、千石も喜んでくれてるみたいだしOKだよな。

「俺からはね、これ」
 さっそく手袋をつけた千石が自分の持っていた紙袋を手渡してきた。
「…もしかして手作りか?」
 中にはクッキーとカップケーキが2個ずつ入ったピンクのビニール袋が入っていて、店のバーコードやシールなどがついていない。
「母さんに教えてもらって姉ちゃんが袋とかリボンくれたんだ」
 作ってる様子が何となく目に浮かぶ。器用だもんなこいつ。
「ありがとうな千石、大事に食う」
「お互いプレゼントの交換もすんだことだし、外は寒いからさこれから俺のうちきて食わない?」
 嬉しそうに笑う千石を見て、今日の俺は素直に頷く。
「じゃあ行こう」
 しかし、目の前に差し出された片方の手袋にどういうことかと千石を見つめる。
「よくあるじゃん、カップルがしてるやつ。片方ずつ手袋はめて残りの手を繋ぐっての」
「そんなのできるか」
「南ひどっ!」
 誰かに見られたらどうするんだよ、しかもこの手袋は俺がさっき千石にあげたものだし。
「俺はあったかいけど南だって手袋してないから寒いじゃんか」
 抗議をする千石は一応俺のことを考えてのことだったらしい。
「もう一本ココアあるから大丈夫だ」
 外で手を繋ぐなんて恥ずかしくってできない。
 だから俺は自分のポケットに両手をいれて歩く。
「ちぇ、南のけち」
 少し不機嫌な声を上げたが千石は俺の隣を一緒に歩く。

 俺のポケットに何も入ってないってのがバレたら千石はまた怒るんだろうか、怒った顔が可愛いから見たかったとか言ったらさらに怒るんだろうか。

 いつも通りにしてるつもりなのに、今、俺の頭の中は千石のことでいっぱいでそのことを隣の千石は知らない。恥ずかしくて言えない。
 好きなのに恥ずかしくて、でも頭の中がグルグルして混乱するくらい千石のことが好きで…俺は千石といるとどんどんおかしくなっちまう。

「俺、そのうちおかしくなるかも」
「いーんじゃない。その時は俺も一緒だよ」

 何気なく呟いた一言に千石が笑って即答した。
 こういうのが泣きそうなほど幸せって言うんだろうか…



終わり