今年もよろしく


「みーなみ〜、いないの〜」

 何度千石が押しても、南家のチャイムはピンポーンというばかりで人が出てくる気配はない。

「何やってんだ千石?」
 南の家の前で立ち尽くす千石を見つけたのは、少し遅い初詣に向かおうと歩いていた東方だった。
「あ、東方〜あけましておめでとー。南がいないんだよね」
 東方を見た千石は泣きそうだった表情を無理やり笑顔に変えて笑いながら挨拶をする。
「おめでとう、って南は親の実家に帰ってるってお前も知ってるだろ」
 クリスマスの時に年末年始は家にいないから年賀状もすぐには見られないと南はその場にいたメンバーに言った。
 もちろん千石もその場にいたため知っているはず。
「それはわかってるんだけどさ、携帯も電波届かないしいつ帰ってくるとか言ってなかったからもしかして帰ってきてないかなーと思って来ちゃうんだよ」
 南のことだから帰ってきたら連絡が来るだろうというのは千石もわかっているのだが、それでも早く会いたくて仕方なかった。
「いつから通ってるんだ?」
 普段は気まぐれで南を振り回すくせに変なところで一途なところがあるのを東方は3年間近くにいてため知っている。

「んーと、二日からかな」

「は!?それって三日も前からか…南はまだまだ帰ってこないぞ」
「…そっか」
 東方の言葉にシュンとする態度がますます忠犬に見えて、頭を撫でると千石は小さくため息をついた。
「今年は久しぶりに南のお父さんが有休とれていっぱい休めるって聞いてたからさ、成人式まで帰ってこないんじゃないかって俺だって思ったよ。でも、それでもやっぱり南に早く会いたいからもしかして帰ってるかもって思って来ちゃうんだよね」
「それでも待ちすぎだろう、ほらこんなに冷たくして」
 手の甲を千石の頬にくっつけると、何時間いたらこんなになるのだろうと思うくらい冷たい。
「でもさ…」
「一番に会いたいのはわかるけど、いざ南が帰ってきたときに千石が風邪ひいてたらどうしようもないだろ。これから初詣に行くんだけど千石も行くか?」
 半ば強引に背中を押すと千石は歩き出した。それでも何度も南の家の方向を振り返る。


「どうせ待つなら家で携帯を握り締めてればいいのに」
 メール好きな千石が珍しいと東方が呟くと千石は口を尖らせて愚痴を吐く。
「連絡あってもメールならすぐに会えないじゃんか。家の前で待ってたら帰ってきたら会えるし」
「主人思いの忠犬だなぁ」
「ひどっ、東方ひどっ!」
 ハハハと思わず思っていたことを口に出すと、千石が不機嫌な顔で東方の脛を軽く蹴る。
「いたっ、悪い悪い、でも本当にそう見えたんだから仕方ないだろ」
 膨れて少し前を歩く千石に追いつくが、千石は地面を見つめて不機嫌なまま。
「お詫びにお好み焼き奢るから」
「…甘酒も追加で」
「わかった」
 低い声で追加された注文に東方が苦笑いしながら頷くと、振り返った千石の顔はニヤっと微笑んでいる。
「さっすが東方、お父さんみたい〜」
 ニヤニヤと笑いながらポケットに手を入れて笑う千石に、やられたなと呆れながら東方は財布の中身を思い出していた。


「おい、携帯鳴ってないか?」
 ベンチに座ってお好み焼きを食べる千石のポケットからメロディが聞こえてくる。
 一緒に買った甘酒を飲んでいた東方が先に気づいた。
「え、嘘?はい、南!?うん、うん…うん、わかったすぐ行くよ!でも行く!!」
 かかってきた相手が南だと言うのはディスプレイを見た千石の表情で東方は悟った。
「南帰ってくるって?」
 立ち上がった千石を見上げると、ニッと嬉しそうに頬を緩ます。
「近くのインターだって、あと30分ほどで帰ってくるらしいから行ってくる」
「30分なら時間余るんじゃないのか?」
 二人がいる場所から南の家まで歩いても15分は余裕で余る。
「南もそう言ったんだけど行ってくる!」
 言うが早いか出口へと走り出す千石。しかし、いきなり立ち止まり手を振った。

『お好み焼きと甘酒ごちそう様♪』

 口の動きで千石の言ったことを理解した東方は、見送ったあと残った甘酒をゆっくりと飲んでいた。


 家に着いた南が最初に見たのは、玄関の門柱に寄りかかり寒そうに手を擦り合わせている千石だった。
「おかえり南!あけましておめでとう!!」
「お前はぁ、寒いから待ってなくていいって言ったろ」
 走ってきた南を不思議に思った千石は辺りを見渡す。
「南一人?車じゃなかったっけ」
「何か混んでたから降りて走ってきたんだよ、お前待ってるとか言ってたし」
 走ってきたためか南は白い息を吐きながら千石の手を自分の両手で包み込んだ。
「あけましておめでとう千石、今年もよろしくな」
「わざわざ俺のために?珍しいじゃん南」
「何日に帰るって言い忘れてた俺も悪いんだし、俺だって早く千石に会いたかったんだよ」
 自分のために一人先に走ってきたことにも驚きなら、普段なら滅多に聞くことの出来ない南の甘い言葉に千石は顔を甘くして言葉をなくす。
「な、外は寒いし家に入って暖まろうぜ」
「…うん!」
 自分も同じくらい赤い顔をしているのだが、ごまかすために千石の髪を乱暴に撫でると南は玄関へと向かった。

「寒いからコタツ入ろうコタツ」
「お前すぐコタツで寝るからなぁ」
「さすがに人ん家じゃあ寝ないよ」
「どうだかなぁ」

 南の家族が家に帰った時、千石と南の二人がコタツで仲良く眠っているのを見つけたのはまた別の話。



終了