※2007年冬コミに発行した「恋愛奉行」のサイドストーリーです。少しだけ暗め。

恋愛奉行サイドストーリー


 今の俺の状況をたとえるとすれば手も足も出ないって感じだろうか。


 どうしよう、どうしたらいいんだ、頭が痛い、心臓もドキドキして飛び出そうだ、体が震える、何だか息苦しい。


 大晦日の夜に、壁を背にして膝の間に顔を埋めて頭を抱えている俺は部屋に一人。
 正しくは東方の家の一室に一人。東方は南を連れて部屋に行った、もうすぐしてたら戻ってくるかもしれない。

「…」
 自分にサッと影が重なったのが何となくわかって、東方だと気づいたけど怖くて顔が上げられない。
「どういうことだ千石」
「…」

 黙っていると、ガッという音と共に東方が俺のすぐ横の壁を蹴った。怒ってる、こんなに怒った東方を俺は知らない。
「俺にわかるように説明しろ」
 静かだけどその分怒りのオーラがひしひしと肌に刺さる。
「お、俺…」
 東方の視線の痛さにこのまま消えていなくなりたかったけど、そんなことは当然できなくて何とか声を振り絞る。
「俺は、南が好きなんだ。本当に、女の子よりも…南が好きなんだ」
「それで、酒に酔わせて南を犯そうとでも思ったのかよ犯罪者」
「っ!違う」
 呆れたような声で吐き捨てられて、俺は顔を上げて東方を見上げた。
「何が違うって言うんだ、今まで友達面しててずっと南のことエロい目で見てたんだろ」
 東方の表情には軽蔑の色に浮かんでいて、鼻の奥がツンっとなってきたけど唇を噛んで必死に耐える。
「俺は、南のこと好きだけど、男同士なんて気持ち悪いから自分でも言うつもりはなかった。でも、それでもやっぱり気持ちは伝えたくて、酒の力を借りたら南の告白できるかと思ったんだ。なのに、酔った南に逆に押し倒されて…」
「それを信じろって言うのか」
 確かに今の俺は上半身裸でどう見ても誘ったとしか見えない。東方が信じてくれないのも無理はないだろう。
「ごめんなさい、俺ホモだから、気持ち悪いよね。南にも好きだって言う前にもう嫌われた」
 唇を噛んでも涙が零れ落ちた。
「本当に、ごめっ…でも、南のこと本気で好きなんだ」
 一度堰が切れると止まることなく涙がボロボロと零れる。

「とりあえず服着ろよ…」

「あ…うん、そうだね」
 東方の言葉に俺は近くに脱ぎ捨ててあったトレーナーとパーカーを着る。
 着たら出て行けってことなんだろうな、こんな奴泊めるのも気持ち悪いだろうし。
「ごめんね東方」
「どこ行くんだ?」
 立ち上がる俺の腕を掴んで引き止めた。何を心配して…あぁ、そうか。
「大丈夫、南のとこへは行かないから、帰るだけ」
「…ちょっとそこで顔拭いて待ってろ」
 無理やり笑顔を作った俺にティッシュの箱を押し付けて、部屋から出て行ってしまった東方。
 東方がいないのをいいことにまた少しだけ泣いて、涙と鼻水でボロボロになった顔を拭いたあと鼻をかむと少しだけすっきりした気分になった。
「南、何であんなことしたんだろう」
 正直南の行動が理解できない、でも、どうせ明日にはもう話してもらえることもないんだから考えなくてもいいや。
「千石、ほら」
 部屋から戻ってきた東方が持ってきたのは布団一式。
「同じ部屋で寝るのは嫌だけど今さら帰れなんて言うほど鬼じゃない」
「東方、俺のこと気持ち悪くないの?」
 追い出されると思ってたくらいだったのに、東方の顔をジッと見つめた。
「確かに驚いたけど、俺もちょっと混乱してるしお前だって酒飲んだんだろ。とりあえず寝たほうがいいんじゃないか」
 困惑顔の東方に先ほどまでの怒ってる感じは見られなくて、また涙が出そうになる。
「ありがとう、ごめんね東方」
「泣くなよ、千石が泣いてると調子が狂うだろ」
 頭をポンポンっと叩かれて結局また涙が止まらなくなって東方に苦笑いされた。


「あのさ、東方」
 布団を敷いて電気を消す前にそっと呼びかけた。
「何だ?」
 部屋から出ようとしていた東方が振り返って俺を見る。
「俺のことは嫌ってもいいから、東方はずっと南の味方でいてあげて」
 わざわざ俺が言わなくても東方は南の親友だし俺と南を比べたら南をとるのはわかってるけど、友達だと思ってた奴から好きだと思われてたなんて南はショックを受けるかもしれない。最悪裏切られたって思うかも…
 東方が俺みたいに邪な目で南を見てないのはそばにいて俺が一番わかってる。だから、東方はずっと南のそばにいてあげて欲しい。
「俺が南の親友なのは千石に言われなくても当然だろ」
 そうだねと呟いた俺に東方は小さく笑った。
「それに、千石が南に嫌われても俺は千石の友達でいてやるよ、おやすみ」
「ありがとう、本当にごめん。おやすみ…」
 何度目かわからない涙が流れそうになったけど、俺は堪えて東方に笑顔を返した。


 他人の家に泊まって自分だけ違う部屋。
 部屋の電気を消してもそのうち目が慣れて天井とか部屋の中が薄暗く見える。
「明日どうしよう、南に会う前に帰ったほうがいいかな」
 でも何であんなことをしたのか聞きたい。一応俺のファーストキスを南に奪われたんだ、冗談で南がそういうことする奴じゃないってのはよくわかってる。
「南も俺のこと好き?まさか、ありえないよ…」
 期待したいけど、期待すれば後が悲しいことになる。
「諦めたくないよ、でも南に嫌われたくない」
 不安で胸が押しつぶされそうになって眠れない。
 ゴロゴロと布団の中で考えているうちに、朝になった。


「どうしよう」
 めでたいはずの元旦の朝、俺は布団を上げるとコタツに入って緊張していた。
 トントンと東方の部屋から階段を下りてくる音が聞こえる。
「あ、あけましておめでとう南!」
 意を決してコタツから出ると振り返って挨拶する。そこには眉間に皺を寄せた南の顔。

 …終わった、南怒ってるよ。

「頭痛い、気持ち悪い」
 一言呟くと南はトイレへと駆け込んで行った。
「おはよう、お互い酷い顔だな」
 南と入れ替わりで部屋に入ってきた東方は目の下にずいぶんとクマができて疲れた顔をしてる。東方も寝てないんだ、ごめんね。でもきっと俺も似たような顔なんだろうな。
「どういうこと?」
「どうもこうも、お前にとってはよかったんじゃないのか」
 コタツには入らず箪笥の上の薬箱を探る東方。

「あー、まだ何か頭が痛い」
「ほら南、これ飲んどけ。二日酔いにはこれが効くらしいぞ」
「俺、本当の酒飲んだのか?」
 戻ってきた東方から薬を受けとり口に放り込む。

 もしかして、覚えてない?

「南、昨日のことどれくらい覚えてる?」
 冷静を装って聞いたつもりだったのに、声が少し裏返った。俺、緊張しすぎだよかっこ悪い。
「昨日?鍋してみんなを見送って…千石が持ってきたのが酒だったのか!お前、俺たちはまだ中学生なんだぞ」
 ハッと思い出して南が怒鳴る。しかし自分の声が頭に響くのか辛そうに顔を顰めた。
「全く、二日酔いって最悪だな。何があったか知らないけど二度と酒なんか持って来るんじゃないぞ。お前だけここで寝てたのだって、どうせ酔いつぶれたんだろ」
「は、はは…わかったよ、めんご〜」
 何も覚えていないと言う南に一気に脱力した。
 南の後ろで東方が少しだけ微笑んだ。『助かったな』という意味かな。
「東方、水のおかわりもらうぞ」
 調子の悪そうなの南は台所へと一人向かった。

「…よかったぁ」
 ヘナヘナとその場に座りこんだ俺に東方が肩を叩く。
「これからどうするんだ?」
「どうしよう、この状況を考えてなかったから…しばらく様子を見ようかな」
 南が覚えていなくてホッとしたような残念なような。でも南のそばにまだいられるってことはすごく嬉しい。
 でも、今はだいぶ収まったけどまたどうしようもなく好きだって時がくるかもしれない。その時に俺がどう動くかなんて今の俺にはわからない。


 だけど、とりあえずはこれからもよろしくって南に言いに行かなくちゃ。



終 了