恋愛的価値観


「長太郎好きだ、俺とつきあえ」
「嬉しいです宍戸さん!」
 
 誰もいない部室で宍戸さんの真剣な告白に俺は溢れんばかりの笑顔で宍戸さんに抱き付いた。
「長太郎…」
「宍戸さん・・・愛しています…」
 お互い見つめ合い徐々に顔が近づいていく。


 …


「だー!何か違う!!」
 後少しというところで宍戸さんが俺の顔を押し返した。
「宍戸さん?」
 何が起こったのかわからない俺はポカンと宍戸さんを見つめている。
「俺とお前は男同士なんだぞ。こんな簡単にいっていいのか?いいはずないだろ。本当はもっと心の葛藤があったりすれ違いがあったりしてそのあげく燃えるような激しい出来事の末に両想いになるもんじゃないのか?」
「いや、それは・・・」
 宍戸さんが俺の事を好きで俺も宍戸さんが好き。何でそれがダメなのか俺には理解できなかった。
「両想いは、ダメなんですか?」
「ダメじゃねぇ…でも、でも…とりあえず今はまだつき合えねぇ」
 告白したときの同じくらいの唐突さで宍戸さんは部室から鞄を持って飛び出してしまった。そして俺がいくら待ってても宍戸さんが戻ってくることはなかった。


「…ということがあったんだけどどう思う?」
 次の日の練習後、昨日の出来事など夢だったかのように普通に練習を終わった宍戸さんに対し俺は教室に戻り机の上に顔を乗せたまま日吉に相談していた。
「俺が知るか、第一お前ら贅沢なんだよ。両想いのくせに我が儘言いやがって」
 購買の自販機で買ったパックのオレンジジュースにストローを刺して飲みながら日吉は呆れた視線を俺に投げかけていた。
「俺だってそー思うよ。単純に両想いなのにつき合えないなんて複雑だよな」
「つき合いたくって片思いの奴だっているのによ…」
 ボソっと呟く日吉に俺は小さくごめんと呟いた。
「謝るなよ、俺は別に悲観的になってるわけじゃねえからな。今は片思いでも全く脈がないわけじゃねーしそのうち向こうから告白したくなるくらい惚れさせてやるんだから」
 飲んでいた紙パックをクシャリと潰して教室の隅にあるゴミ箱に放ると軌跡を描いてゴミ箱へと吸い込まれた。
「ともかくさ、せっかくの両想いなんだからどうにかして俺としてはつき合いたいんだ。だから今の状況を何とかしなくっちゃ。でも今日の朝練とか見たら宍戸さんは一切態度変えて来なかったからなぁ」
 ため息を吐いてはゴロゴロと頭を右へ左へと転がす俺にそろそろ退けと日吉の苛立つ声が降って来たけど俺はその言葉を無視して再びため息をついた。
「宍戸さん…俺のどこがダメなんですか。俺はあなたのためなら何だってできる男なのに…」
「とりあえずはそこをどけ。邪魔だ」
 俺の頭の上にノート、教科書、おまけに辞書をドサっと置いて低く呟く日吉に俺はグェっと押しつぶされた声を漏らす。
「日吉に相談した俺が間違ってたのかなー。でも樺地はあんまりこういう恋愛話苦手だし…く、苦しい…」
 まだ悩む俺の上に乗せた辞書にさらに自分の体重をかけてきたのでさすがにジタバタと手足をバタつかせて日吉の下から体を退かせた。
「それなら忍足先輩にでも聞いてみたらどうだ?あの人はそういう恋愛経験に関しては豊富そうじゃないか」
 しかし自分は絶対に相談したくないと心の中で呟く日吉。
「そっかー、忍足先輩か…それも一つの案かも。サンキュー日吉」
 忍足先輩ならきっと何かいい案を教えてくれると期待して俺は授業が終わるのを心待ちにしていた。


 授業が終わり掃除当番の日吉を置いて俺は足早に部室へと向かっていた。早めに準備をして忍足先輩を捕まえようという作戦をたてたのだ。
「…何やっとんねん宍戸」
 扉を開けようと伸ばした手がピタっと止まった。中にいるのは宍戸さんと忍足先輩?俺は扉を開けられなくって回り込みちょうど隙間の開いている窓を見つけそこからそぉっと覗き込んだ。
「うっせーよ」
 中はやはり宍戸さんと忍足先輩の二人きり。忍足先輩はすでに着替え終わりパイプイスに座って着替え中の宍戸さんと話していた。
「両想いのくせにつきあわへんなんて、アホとしか言えへんで」
「だってよぉ…」
 盛大にため息を吐く忍足先輩に宍戸さんは口籠もる。
 宍戸さんは何がそんなにダメなんだろう。俺が簡単に好きって言っちゃったのが嫌だったのかな?もっと俺が焦らした方が宍戸さんは俺を堕とそうと必死になったんだろうか?

 俺が宍戸さんの事嫌いだって言ったら、宍戸さんの気持ちが迷惑だって言ったら… 

「なんや?宍戸は恋愛にスリルや背徳感が欲しいんか?」
「は?何言ってんだよ」
 振り返った宍戸さんは眉間に皺を寄せて忍足先輩を睨みつけた。忍足先輩はニヤニヤと薄笑いを浮かべて宍戸先輩に近づいていた。
「二人の男の間で揺れるっちゅーんはなかなか刺激的な恋やと思うで?」
 ドンっとまだシャツを羽織っていない宍戸さんの素肌に触れロッカーに押しつける。宍戸さんの目が驚きで見開かれた。
「てめぇ何考えてんだ」
「宍戸は刺激的な恋をしたいんやろ?俺とつき合うたらええやん、鳳なんかよりよっぽど上手いで?浮気は男の甲斐性やろ?」
 睨みつける宍戸さんの視線を楽しそうに見つめながら頬を軽く舐めた。
「い、やめ…」
 狼狽したまま何とか忍足先輩を押しのけようとする宍戸さんの腕を掴んで動きを封じる。
「宍戸は無理やりとかそういうのが好きなんやろ?マゾやもんなぁ。あんな決死の特訓に鳳をつき合わせて、鳳のサド調教はできたんか?」
 楽しそうに笑う忍足先輩の言葉に宍戸さんはカッと睨みつけ悔しそうに唇を噛む。
「俺はそんなつもりで特訓に長太郎をつき合わせたわけじゃねぇよ。ふざけんじゃねぇぞ、お前に長太郎の事バカにされたくなんかねぇ」
「こんな状況でも強気やんか、その強気がどこまで続くんやろな…」
 抵抗する宍戸さんは忍足先輩の加虐心を煽るだけで、忍足先輩が軽く耳たぶに齧り付くと小さく声を上げた。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ

「宍戸さん!宍戸さん!!」
 俺はいつの間にか握りしめていた窓の柵をガンガンと叩いた。驚いた中の二人が俺の方を見つめる。
「嫌です…宍戸さんが他の奴とそんなに近づくなんて嫌なんです」
 悔しくてボロボロと泣く俺に呆れた視線が投げられた。
「ちゅーか泣くほど嫌やったらそんなとこおらんと入って来いや」
「…はい」
 予想外に優しい声の忍足先輩の言葉に俺は涙を腕で拭いながら部室の中に入っていった。
「長太郎」
 俺が見ていたことに全く気づかなかった宍戸さんは俺の登場に相当驚いたようでまだ状況が飲み込めてない。
「俺、もっと宍戸さんが望むようになりますから。宍戸さんを満足させられる男になりますから…他の人と触れあわないでください。俺とつき合ってください、俺だけのモノになってください!」
 床に崩れ落ち正座をしながら俺は深々と宍戸さんに頭を下げた。俺以外にあんな宍戸さんは見せたくない。
「どうか、お願いします」
 俺が頭を下げてる間宍戸さんはずっと無言で俺を見ていた。
「長太郎…」
「俺、変わります。宍戸さんがサドになれって言ったら喜んで宍戸さんを苛めます。あ、でも死ねとか二度と姿を見せるなとかは嫌です。俺が宍戸さんを幸せにするんですから」
 顔を上げてジッと宍戸さんを見上げる。宍戸さんの手が俺の頭に乗せられた。
「お前はそのままでいいんだ、俺が全部悪かったんだ。お前が変わる必要はねぇ…こんな俺でいいのか?」
「宍戸さんがいいんです」
 暫く見つめ合っているとフッと宍戸さんの表情が和らいだ。そして俺の前に膝をつくとそのまま俺の胸に抱き付いてきた。
「宍戸さん?」
「俺も、お前じゃなきゃダメみたいだ」
 ギュッと背中に手を回されて俺も宍戸さんを抱き返す。宍戸さんの香りが俺に鼻をくすぐった。
「…ほな俺は先に出とくで?そやけどはよせんと他の奴らが来てまうかな」
 いなくなっていたと思っていた忍足先輩がまだ同じ部位室内にいて、驚いて振り返ると手を振りながら出て行くところだった。
「宍戸さん、忍足先輩に見られてましたね」
「そうみたいだな…激ダサだ」
 恥ずかしそうに耳まで赤くした宍戸さんはそのまま軽く俺の肩に顔を押し付けていたがスクっと立ち上がる。
「俺たちも行こうぜ長太郎」
「はい!」
 ニッといつもの笑顔を見せて伸ばされた手に俺は笑顔でその手を握りしめて立ち上がった。
「宍戸さん、後で消毒させてくださいね」
「消毒?」
 何のことだと首を捻る宍戸さんの頬を軽く掴むと先ほど忍足先輩が舐めた頬をベロっと舐める。途端に宍戸さんが真っ赤になって俺の体を突き飛ばした。
「調子に乗んな!」
「いたた、まだ消毒は終わってないんですからね」
 怒ったまま先に歩く宍戸さんを追い掛けながら俺は膨れていた。


 俺以外の人にあんなことさせるなんて、俺は独占欲が強いんです。宍戸さんが嫌だって言ってももう宍戸さんは俺のもんなんですからね。



終了