一年越しの約束
ピピピ・・・ピピピ・・・
いつもの様に目覚ましが鳴って俺はベッドから降りた。眠い目を擦りながら軽く伸びをして洗面台へと向かう。
顔を洗って歯を磨く。ジェルを使って髪形を整える頃には頭もスッキリとしてくるのが俺のパターン。
「おはよ〜。あ、おめでとーお兄ちゃん」
リビングに行くとすでにトーストを齧る妹が俺の顔を見るなり笑った。
おめでとう…
「何でおめでとうなんだ?」
「もしかして忘れてんの、自分の誕生日忘れるなんて年寄りくさーい」
首を捻る俺に妹の容赦ない笑いが突き刺さる。つーか小学生のくせに中学生相手に年寄りくさいとか言うな。
「そっか、今日は9月10日だったのか」
壁にかかっているカレンダーを見ると赤丸がしてあってしっかり『雅美の誕生日』と書いてあった。
自分でも忘れてたのに、律儀な親だと苦笑いする。
「今日はご馳走作っておくからね」
毎年誕生日には母さんの料理で家族で祝う、去年もそうだったよな確か。
「あ、もしかしたらちょっと帰るの遅くなるかも」
「え?とうとうお兄ちゃんにも彼女できたの!?」
「そんなんじゃないから、お前も早く行かないと遅刻するぞ」
これ以上いたら足止めされてしまう。さっさと食べて弁当を鞄に詰め込むと俺は家を出て学校へと向かった。
今年はもしかしたら遅くなるような気がしたから。
「おっはよー東方」
駅を降りて歩いていると背後から思いっきり背中を叩かれた。
「千石、もうちょっと加減して叩けよ」
「めんごー、東方って背が高いから加減わかんなくってさ」
明らかに嘘とわかる嘘を笑顔で言い放つ千石に俺は関わりあわないように歩調を速めた。
「ちょ、待ってよー。今日って東方の誕生日だろ?はい、プレゼント♪」
行事好きなエースは…いや引退したから元エースか…俺の目の前に小さな箱を差し出す。
「…チョコボール?」
「そぅ、でもただのチョコボールじゃないんだよ。なんたって俺が買ったんだから」
自信満々な千石の言いたい事はわかる。けど今開けろと期待に満ちた目で見るのは止めろ。
「ありがとうな、後で食う」
「え〜、今開けてよ。大丈夫、絶対に自信あるから!」
カバンに入れようとするが食い下がってくる千石の声のデカさに周りの生徒達から注目を集めはじめているのに気が付いた。
「わかった、開けるから静かにしてろ」
歩きながら箱にかかっているセロファンを剥いていく。隣を歩く千石も俺の手元をジッと眺めていた。
「…お、銀のエンゼルだ」
小さいころから何度も買ってるけど、今まで一度としてエンゼルが出た事は無い。やっぱり千石のラッキーなのか?
「あちゃー…金が出ると思ったんだけどなぁ。俺のラッキーも東方の地味さで1/5になっちゃった」
神様、隣で笑っている男を殴ってもいいですか…
「銀でも出ただけいいんじゃないのか。俺は初めて見たぞ」
こんなことで怒っていては男の器が小さくなってしまう。俺は銀でも嬉しいと言うが千石にとって銀のエンゼルは普通にでるんだろう。
「まぁ次に金だしたらあげるからね」
別にそこまで欲しいわけじゃないんだけど…ありがたくいただくとしよう。
「それはそーとさ、南からはもうもらった?」
昇降口で靴を履き替えている時、何気ない千石の言葉で俺は思い出した。
「いや、今日はまだ会ってないからな。日直だから先には来てるらしい」
「今年はもらえるといいね」
意味ありげに笑う千石、去年は確か南からもらえなかったんだよな。
「別に今日でなくてもいいだろ。それに去年の南はちょうど忙しい時で大変だったんだから」
三年が引退して二年だった俺たちが部活の中心となり南が部長を引き継いだ。
部長の仕事は俺たちの想像以上にあるらしく、あの頃の南はなれない仕事に毎日必死になっていたっけ。
「そんなことないよ。やっぱり『誕生日』ってのは特別なんだからさ」
去年の千石はアイスをくれたんだよな…当たりつきの。当然当たりが出た。
「俺は祝ってくれるっていうその気持ちだけでも十分嬉しいけどな」
誕生日を忘れた南は次の日に必死になって謝ってたっけ。
『悪い東方!本当に悪い。相方の誕生日を忘れるなんて』
両手を顔の前で合わせて必死に頭を下げる南は、俺のほうが恐縮するくらい申し訳ないというオーラを全身から出していた。
『気にするなよ、南忙しいんだから』
『それでも去年も祝ってたのによ、すげー悪い』
『じゃあさ、南…』
あれ?あの時、俺はなんて言ったんだっけ…
あんまりにも南が謝り倒すから何かを言ったような気がするんだけど…去年の事だからかおぼろげにしか覚えてない。
「どうしたの東方?」
靴を手に持ったまま固まってる俺に千石が覗き込んできた。
「え?あ、何でもない」
どうせ去年のことだし、南もきっと忘れてることだからわざわざ思い出すほどのことでもないだろう。
「まーいけど、じゃあ俺教室行くから。南が覚えてることを祈っといてあげるよ」
ニッと笑って親指を立てると、千石はそのまま廊下を小走りで走っていった。
「祈るか…悪魔にでも祈ってそうな奴なのに」
本人が聞いたら憤慨しそうなイメージに笑いながら俺も教室へと向かう。途中、南のクラスの前を通ったけど南は教科書を開いて予習中なのか俺が見てるのには全く気づかなかった。
全国大開が終わって部活で会わなくなると、前よりかは少しだけ一緒にいる時間が少なくなった。寂しいけど慣れなきゃいけないことなのかもしれない。
予鈴を耳にして俺も自分の教室へと急いだ。南がいつ会いに来てくれるだろうとちょっとだけ胸を高鳴らせて。
「こない…」
授業が終わり俺は教科書をカバンに詰めていた。おかしいな、昼休みとかでも南が来ると思ってたのに南は来なかった。
「忙しかったのかな…」
このまま南が帰ったとは思えない。部活を引退しても毎日一緒に帰っているから…テニスコートか?
俺は一番南がいそうな場所へと足を進めた。携帯を見てもメールは入ってない、これでいなかったらいじけるぞ俺は。
「あ、いた」
テニスコートの入り口に南が制服姿のままで壇や室町達と一緒にいた。先に気づいた壇が俺の名前を呼び、つられて南も振り返る。
「東方、すぐ終わるから待っとけ」
俺が来るのが当たり前とでもいったその言葉に、俺はおとなしく自分達の居場所のなくなったテニスコートを眺めて南を待つことにする。
そうか、室町や壇に引継ぎのノートを作ってたんだな。相変わらずマメな奴だな・・・二人に何冊かのノートを渡している南を俺はジーッと微笑みながら見つめていた。
「東方せんぱーい、お誕生日おめでとーございます」
気配無く呼ばれて顔を向けると、喜多が紙袋を俺に差し出してニコニコ笑っている。
「これは俺たち後輩一同からのプレゼントです」
「みんなで選んだです!」
話が終わったのか室町や壇もそばによってきて口々におめでとうと言ってくる。
「お前ら、ありがとうな」
後輩の気持ちにちょっとジーンとしながらも俺はその紙袋を受け取った、そして三人の頭をなでる。
「日用品の詰め合わせにしたです」
「そうか、ありがとうな」
撫でられて一人だけちょっと不機嫌な室町以外はニコニコと笑っていた。
「行くぜ東方」
「あぁ、わかった」
そんな様子を見ていた南がタイミングを見て声をかけた。俺も頷くと南の横を歩き三人に手を振りながらテニスコートを後にする。
さぁ、南は何を考えてるんだろう。
「アチ…ほらよ」
「お、サンキュー」
帰り道の肉屋でコロッケを買うのが定番になってもう三年目。俺は変わらないアツアツのコロッケを受け取り齧る。熱いけど中身が詰まっててボリュームたっぷりなのであっという間に食べてしまう。
「やっぱりここのが一番うまいよな」
隣で南も同じように幸せそうな顔をしながらコロッケを完食していた。
「あ、さっきのコロッケ代」
「いいって、せっかくの誕生日だしな」
小銭入れから50円を出そうとする俺を南が制した…あれ?もしかして今のが誕生日プレゼントなのか?
「コロッケが誕生日プレゼントなのか?って思ったろ」
俺の表情がわかりやすかったのかニヤリと南が笑う。
「え、いや…その」
「ちゃんとプレゼントは別に用意してあるに決まってんだろ」
ゴソゴソとカバンを漁るとラッピングされた薄い物を渡した。
「ありがとう南…開けていいか?」
「いいぜ」
道の端っこに寄って立ち止まり丁寧にラッピングを剥がす。
「…これ」
「結構前からこのアルバム欲しいって言ってたよな」
それは俺が欲しくてでもなかなか売ってない輸入物のCDだった。
「相当探しただろ、ありがとうな」
「大事にしろよ」
「当たり前だろ!」
ずっと欲しかった、しかも南がくれたもの。大事にしないわけがない。
ラッピングを包みなおすと俺はカバンにCDを入れた。帰ったら早速聞かなきゃ。
「すげー悩んで考えたんだぜ」
俺の好みは南が一番把握してる、だからこそ悩んだろうか。
「別に南がくれるなら何だって構わないのに」
「は?何言ってんだよ。そういう意味じゃねえだろうが」
笑顔というよりも頬が緩みきった俺に南は眉を顰めた。
「え、そういう意味じゃないってどういう意味だ?」
「だから東方への誕生日プレゼント…もしかして東方忘れてるのか?」
急にガックリと肩を落としてため息をつく南に俺は焦った。何だ?俺変なこと言ったのか?忘れてるって何だ?
「信じられねえ、俺があんなに悩んだのに」
「わ、悪い南。何が何だかわからないが俺が悪かった」
とにかく俺が全面的に悪いのだけはわかるので必死に謝り南の機嫌を取る。
「…別に東方が悪いわけじゃねえよ。元はと言えば俺が悪いんだし」
さらに訳がわからない。元々は南が悪くて今は俺が悪い?
ここは更に呆れられるか怒られるかを覚悟で聞くしかないな…
「なぁ南、悪いんだけど本当に何のことか覚えてないんだ。だから、教えてくれないか」
少し猫背気味にして視線合わせて真剣な眼で南を見つめる。南はそんな俺を見て小さく笑うといきなり俺の頭をつかんで顔を近づけた。
「去年の東方の誕生日、俺が祝ってやれなくって謝ってたら東方が言ったんだぞ『来年の誕生日は俺へのプレゼントで思いっきり悩んで迷って考えてくれ。それが今年のプレゼントだ』って」
顔がくっつきそうなくらいギリギリの距離で笑う南に俺ははっきりと思い出した。
確かに言った。一年も前のことなのに南は覚えててくれたのか…俺は忘れてたけど。
「思い出したか?」
「…思い出しました」
顔を放して笑う南を見て片手で顔を覆うと、何で忘れてしまってたんだと自分を呪う。
「ごめんな南、南はちゃんと覚えててくれたのに俺は忘れてて」
お詫びのコロッケを今度は俺の奢りで食べながら帰り道を歩く。
「別に俺が守りたかっただけだからな、忘れてて普通だろ?」
ペロリと指についた油を舐めとる南はこともなげに言うけど、去年の約束をちゃんと覚えて実行するなんて本当にすごいと思う。
「すげえ嬉しいのに、何で忘れてたんだろう…」
悔やむべきは俺のこの記憶力。南に関しては絶対に忘れることはなかったはずなのに。
「サインプレーいっぱい覚えて頭から押し出されたんじゃねえの?」
屈託無く笑う南のフォローに俺の南に関する記憶力はそんなもんじゃないと言いたかったが…事実忘れていたので何も言えない。
「でもよ、何であんな約束をプレゼントにしたんだ?嫌がらせのつもりで言ったから覚えてないんだろ?」
コロッケの包み紙をごみ箱に捨てて笑う南に俺はそんなことないと呟く。
「嫌がらせじゃないぜ。けど、理由は秘密にしとく」
「なんだよそれ、本当は覚えてねえんだろ」
そんなはずは無い、何であんなことを言ったのかも全て思い出してる。
南が俺への誕生日プレゼントを悩んで迷って考えてる間
頭の中は俺しかいないだろ?
親も兄弟も千石もいない
俺だけの事を考えて欲しかったんだ
「そういえば何でわざわざ帰りに渡したんだ?」
「千石じゃあるまいし学校で渡せるか、男同士で恥ずかしい」
そんなことねえと思うんだけど、そこが南らしいと言うか・・・
「来年の南の誕生日は俺が盛大悩むからな」
「そうだな、どんな物をくれるのか楽しみにしてるぜ」
「…高いものは無しな」
笑いながら夕焼けの中を二人で歩く。
来年もその次の年の話をして、いつまでも隣にいさせてくれよな。
終わり