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空からの落し物


「千石の奴遅いな…」
 フェイヨンの町で南は待っていた。
 今日は二人で決めた活動の日。なのに約束の時間になっても千石は来ない。

『千石〜、どこにいんだよ』

 精神を集中させて千石へと念を飛ばす。
 少し時間をおいて、千石からの返事が届いた。

『メンゴ南〜、今すぐ行くから待ってて!』

 どこかで迷子になってるんじゃないかと心配になった南は安心した。
 しかし、安心すると今度はイライラが募ってくる。
「全く、どこで油を売ってんだ。どーせまた女の人と話てるんじゃないのか…今日こそはビシッと言ってやる」
 組んだ足に肘を乗せて不機嫌そうに呟く南。
 いつも怒ろうと思うのだが、南が許して甘い顔をしてしまうから千石にも改善は見られない。
「南〜!」
「きたな、遅いぞせんご…く?」
 ガツンと言おうと握った拳は千石を見たことで行き場を無くす…
「どうしたんだよそれ」
 目の前の千石は大きな腹を両手で抱えてニコニコと笑っている。
「食いすぎ?それにしては普通そこまで…」
「えへへ、妊娠〜…ったぁ!」
「ふざけるな!」
 千石が最後まで言い終わらないうちに南の拳が千石の頬にめり込んだ。
 真っ赤な顔で南は肩で息をする。
「痛いよ南…お茶目なジョークじゃんか」
 本気で殴られた千石は涙目で頬を押さえる。
「冗談にもほどがあるだろ」
「南ってこう言う冗談にはうるさいんだから…」
 口を尖らせて呟く千石だったが、南に睨まれて口を閉じる。
「で、本当はなんなんだ」
 まだ怒りが収まらない南に千石はゴソゴソと服の下からそのある物を取り出した。


「じゃじゃ〜ん、モンスターの卵♪」
 千石の手には水色の卵が大切そうに掲げられた。
「ちょっと貸して見ろよ…これは、ポリンの卵だな。どうしたんだ?」
「落ちてたんだ」
 光に透かしたり角度を変えて眺める南に千石は嬉しそうに答えた。
「落ちてた?どういうことだよ」
 モンスターの卵は普通なら懐かないモンスターが人に心を開いた時に変化する状態。落ちているなんて普通ならありえない。
「わかんないけどさ、ラッキーだよねー」
 南から卵を受け取った千石は卵に頬擦りをして嬉しそうに笑う。
「え、お前もしかして飼う気なのか?」
「もちろんだけど…南飼いたいの?」
 見た目可愛いモンスターをペットにしたい人間は多いが、手に入れるのには苦労するため露店で売られていることもしばしばある。
「いや、俺が飼うっていうよりもよ…それ誰かのペットなんじゃねえの?」
 誰もが最初に思いつく結論に、千石は眉を顰めた。
「違うよ、これは捨てられたんだよ。だから俺が飼う!」
 ギュッと卵を抱きしめる千石に南はため息をついた。
「…とにかく、そいつを孵化させてみるか?」
 千石が頑固なのは南はよくわかっていた。そこでしばらくは様子を見ることに決めた。
「うん、だから孵化させようと思って温めてんだけどさ…おかしいよね」
「千石…それ方法間違ってるぞ」
 真顔で首を捻る千石に南は頭を抱えて立ち上がった。
「え?マジで違うの?うわー俺恥ずぃ…あれ?南、どこ行くの?」
 本気でそう思っていたらしい千石は自分の勘違いに顔を赤らめる。
「孵化させんだろ、ちょっと待ってろ」
 照れてる千石を置いて南は倉庫へと歩き出した。


「えっと、孵化器と…千石のことだからどうせエサとかも知らないんだろうな」
 倉庫から孵化器と空き瓶を取り出す。皮袋の中にリンゴが入っているのも確認する。
「ポリンって…リンゴジュースがエサだったよな」
 思い出しながら南はポリンのためにジュースを作りに店に向かった。


「あ、おかえり〜南」
「ただいま」
 卵を大切に抱きしめていた千石は戻ってきた南に軽く手を上げる。
「ほら、これで卵を孵すんだ」
 そう言って南が差し出した孵化器を千石は受け取った。
「南って物知りだよね」
 いそいそと卵を孵化器にセットする千石を見ながら、千石が知らなさすぎだとは言えない南だった。
「セットよし…」
 ジッと見つめる千石。孵化器の中の卵は少しずつ振動し、ボンっという音と煙とともにピンク色の物体が合われた。

「うわー可愛い!」
 
 現われたポリンを抱きしめ頬擦りする千石。
「こいつ…やっぱり飼われてる奴だな、名前まで付けられてる。『桜餅』だってよ」
 千石に撫でられてるポリンの首にかかっている名札を見て南が呟いた。
「桜餅か…今日から俺が新しい飼い主の千石だよ〜」
「おい千石」
 すでに捨てられたものと決め付けている千石にポリンの桜餅は何もわかっていない様子だった。
「可愛いなー。ねえ南、今日の狩り桜餅も一緒に行こう」
 それがいいと立ち上がった千石の後ろを桜餅はポヨンポヨンと付いて行く。
「…どうせ言っても聞かないんだろ。今日だけだぞ」
 先を歩く千石に聞こえているのか、南は一人と一匹を追いかけた。


「はっ!…ふ…」
 持っている武器を振り下ろして殴る千石の周りを桜餅は相変わらずポヨンポヨンとついている。
「今日はいつもより頑張ってるな」
「だって桜餅も一緒だしさ、頑張っちゃうよ〜」
 ニコニコと微笑む千石に、南はどうしようもない気持ちを抱えていた。
 このまま桜餅の飼い主が現われなければよいが、そうはいかないという事がわかっているから。
「あれ?南ー、なんか桜餅が機嫌悪いんだけど」
 座って休憩している時、千石が跳ねる桜餅の表情を見て尋ねた。
「あぁ、それは腹が減ってるんだろ。ほら、これがエサだ」
 案の定、わかっていなかった千石に予想通りだと思いつつ南はリンゴジュースを差し出す。
「へ〜、これが桜餅のエサなんだ。はい、桜餅エサだよ」
 千石がリンゴジュースを差し出すと、桜餅はゴクゴクと美味しそうに飲み干す。途端にパァっと表情を明るくさせ満足なのを示す桜餅にまた千石は撫で回した。
「本当に可愛いな〜」
「かなり気に入ってんだな」
 ミルクを飲む南はその姿をついつい微笑ましく見つめる。
「マジお気に入りだよ。こんなに可愛いのにさ、捨てるなんて酷い」
 静かに呟くその声に、千石が真剣に怒っているのだということがわかった。
 普段へらへらしてるがこういう時の千石は誰よりも熱い。
「でも、俺がちゃんと可愛がるからね」
 グッと拳を握り締め決意を新たにすると、千石は桜餅に軽くキスをした。


「あー、今日は楽しかったね〜」
 暫く狩りをし、二人はフェイヨンの町に戻ってきた。
「いつもの俺との狩りは面白くないみたいだな…」
「嫌だな〜そんなことないって。南ってばヤキモチ?」
「なっ、そんなことねえよ…それより倉庫に行くぜ。桜餅のエサもうないんだろ」
 あまりにも楽しいを連呼する千石に少しだけ嫌味をこめて言ったのだが、図星をつかれた南は慌てて話題を変えると倉庫へと向かった。

「…あれ?」

 前を歩く南が突然立ち止まり、千石はその背中にぶつかった。
「いったいなぁ、どうしたの南…?」
 隣りに立つと南の視線を辿る。
「お〜い…どこいったんだよー」
 そこには一人の剣士の少年がうろうろと歩き回り辺りを見渡していた。

 桜餅の飼い主

 とっさにそう感じた千石は桜餅を抱きかかえ南の背中に隠れる。
 しかし、本来の飼い主の気配を感じ取ったのか桜餅は千石の腕の中からすり抜けて跳ねていった。
「あ、桜餅!」
 慌てて追うが桜餅はすでに少年の足元までたどり着き嬉しそうにポヨンポヨンと跳ねる。
「桜餅!ごめんね、俺がうっかりしててー会えて嬉C♪」
 その少年は桜餅をしっかりと抱き上げ頬擦りする。
 そして追いついた千石と南に気付いて顔を上げた。
「…もしかして、桜餅を拾ってくれた人?」
「そうだけど…そいつお前のペットか?」
 その少年は南の言葉に何度も大きく首を縦に振る。
「ありがとう!俺は芥川慈郎。天気がいいから木の上で寝てたらさ、いつのまにか卵落としちゃってたみたいで…でもいい人に拾われてよかったなー桜餅♪」
 ニコニコと笑顔で微笑む芥川に南はチラっと横の千石に視線を向けた。
 千石は下を向いて何も言わず俯いている。
「あ、ちゃんとエサも上げてくれたんだ。本当にサンキュー♪」
 桜餅の表情から満腹なのを見て芥川はへへへと笑う。
「そういえば…名前なんてーの?」
「え?あ、あぁ俺は南健太郎で、こっちは千石清純だ」
 首をかしげて尋ねる芥川に、南は自分と千石を指差して自己紹介した。
「そっかー、南に千石だね。桜餅を可愛がってくれてありがとう」
 桜餅を抱いたまま、反対の手で南と千石に次々と握手する。
「千石?どうしたの」
 ニコニコと笑っていたが、いつまでも下を向いたままの千石に芥川は覗き込んだ。
「いや、こいつは…」
「何でもないよ、飼い主が見つかってよかったね桜餅」
 慌てて南が間に入ろうとしたが、千石が顔を上げて微笑むと芥川の腕の中での桜餅を撫でる。
「千石のおかげだよ、また桜餅と遊んでね」
「うん…」
 手をぶんぶんと振りながら走って行く芥川を千石も手を振りながら見送った。
 そんな千石の背後から南が見つめる。
「千石…」
 何て言葉をかければいいか思い浮かばす、戸惑う南に千石は振り返って笑った。
「なんで南がそんな顔してんのさ、桜餅も本当の可愛がってくれる飼い主がいてよかったよね。ペットって可愛いけど、エサとかもいるし大変だよ〜」
 グイッと伸びをして強がる千石の頭に南はポンと手を乗せた。
「南?」
 不思議そうに見上げる千石の頭を南は無言で撫でる。
「どうしたのさ?俺は別に寂しいなんて思ってないよ。むしろ世話が大変だったし俺にはやっぱりああいうの無理だよ…」
「千石はちゃんと飼い主してたぞ」
 優しく微笑む南を見上げ、千石は唇を噛んで肩に額をくっつけた。
「俺…ずっと一緒にいられると思ったのに、でも…俺じゃダメだった」
「なんかペット捕まえに行くか?」
 髪を撫でながら囁く南に、千石は小さく首を横に振った。
「いらないよ、南は…そばにいるよね」
「当たり前だろ」
 額をくっつけたまま抱きつく千石を片手で抱きとめて、苦笑いを浮かべたまま南は頭を撫で続けていた。


「今日も遅刻かよー!」
 翌週、千石を待つ南は盛大なため息をついていた。
「みーなみ、お待たせ♪」
「遅いぞ千石」
 全く悪びれずに待ち合わせ場所に来た千石に南はガツンと言おうとしたが
「はい、これ南に上げる」
 差し出された物に目を丸くした。
「これって、千石のだろ?何で俺に…」
 千石が差し出したアクセサリは『マタの首輪』というもので、モンスターのマーターから手に入れる事ができるアイテム。これをつけるとマーターの様に素早さが上がるという。
「いーのいーの、つけてよ」
 体力を重視とする南には必要としないものだが、千石の押しにとりあえずそれを装着することにした。
「あ、違うよ南。そこにつけるんじゃないってー」
 手首に装着しようとする南から首輪を奪うと、千石はニンマリと微笑みそれを南の首につけた。
「おい千石…」
「南似あう〜♪」
 仕上げとばかりにカシャンと首輪に札をつける。
「…どういうつもりだ?」
 額に青筋を立てる南の首につく札には『ケンタロー』と書かれていて。
「これで南は俺のペットだね♪」
 無邪気に笑う千石に南は、もしかしたら千石はまだ寂しいのだと感じた。
 そう思うと振り上げた拳も下ろさざるをえない。
「仕方ないな、少しくらい付き合ってやるよ…」
 小さく、千石に聞こえないように呟くと南は千石の頭を撫でる。
「南がペットならエサ代かからなくていいよねー、自分でとってくれるし戦闘も参加するし」
 能天気に笑う千石を見て…少しだけ、千石のペットになることに了解した自分を呪う南がそこにいた…



終了