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一枚の仮面


 晴れ渡るプロンテラの空の下。

「今日は静かだな…」

 珍しく手に入ったモロク産のお茶をカップに注ぎ、室町は部屋の中を見渡した。
 室町のいる場所は彼の属するギルドの溜まり場。いつもならうるさいくらいの喧騒なのだが、今日は室町以外誰もいない。
「たまにはこういう日もいいかな…」
 窓の外を行き交う人々を眺めながら室町の口元に軽く笑みが浮かんだ。

「室町くーん!!」

 お茶を口に含もうとカップを近づけた室町の背後の扉がバタン!と大きな音をたて千石が飛び込んできた。
「…今日は、静かだったなぁ」
 思わず落としそうになったカップをテーブルに置き、外に視線を向けたまま室町は小さくため息をつく。
「室町くん大変なんだよ!そんなのんびりお茶飲んでる場合じゃないって」
「どうしたんですか?」
 室町の肩を掴んで揺さぶる千石に、室町は興味なさげに返事をした。
 千石の『大変だ』は大抵あてにならないと表情で語る室町に千石は呼吸を整えながら話し出した。
「南が、南がモンスターに呪われた!」
 『呪われた』その言葉に室町は少しだけ眉を顰める。
 南は二人にとってギルドのマスターにあたり、なおかつ千石の幼馴染であった。
 聖騎士といわれるクルセイダーとして働く南がそう簡単にモンスターに呪われるとは思えない。
「確かにそれは穏やかじゃありませんね」
「だろっ、どうしたらいいんだろう。あんな南初めて見た」
 困ったとキョロキョロ辺りを見渡すと、千石は普段なら近づく事のない本棚に向かい何冊か本を手にとる。
「こんなことなら真面目に勉強しとくんだった…俺、退魔法なんて知らないのに」
 その様子から、本当に千石が動揺していて南のことを心配しているのは室町にもよくわかった。
「千石さん、南さんはどこですか?案内してください」
 焦る千石の肩をポンっと叩くと室町は横に置いていた杖を手にとる。
「室町くん?」
「俺はモンクですよ、アコライトの千石さんより対処に向いています」
「…俺のほうが年上なのに」
 室町の言葉に少しだけ口を尖らせて千石が呟いた。
 アコライトの上位職であるモンクの室町の方が厳しい修行を行い沢山の法術を扱う事ができる。
「でも、俺のほうが先にアコライト脱出したんだから俺のほうが先輩じゃないんですか?千石さんは修行をサボりすぎなんですよ」
「そんなことないよー、俺はプリーストになるからモンクほど体を鍛えなくてもいいんだよ」
 室町がどうにかするという安心感からか急に口が軽くなった千石に、いつもの千石さんだと心の隅で安心する室町。

「ところでさ、室町くんってモンクじゃん。プリーストなら退魔魔法とかあるからわかるんだけどどうするつもりなの?」
「プリーストは神の加護を受けた神官ですがモンクは神罰の代行者です。殴れば何とかなるのではないでしょうか」
 室町の言葉に千石は返す言葉を失う。しかしそのことに気づかない室町は当の南を捜す。

「で、南さんはどこにいらっしゃるんでるか?」
「えっと、確か表で剣を磨いてた…ほらあそこ」
 立ち止まり千石が指さす先には、いつもと変わらぬ南の後姿があった。
「いましたね、じゃあちょっと行ってきます」
 少しだけ緊張した面持ちで室町はゆっくりと南に向かった歩き始める。
「南さん、俺が助けますからね…」
 呟きながら室町はほんの数メートルまで近づいた。
「ん…よう室町じゃないか」
 聞きなれた声に座ったまま振り返った南の目に映った姿は…

「精神込めた一撃で悪霊を体から追い出す!」

 叫ぶと同時に大きく振りかぶって室町の渾身の一撃が南を襲った。
「南!」
「うわぁ!?」
 室町の行動に千石は動けずにその場に固まった。
 南も慌てて防ごうと剣を持つが、それよりも一瞬早く室町の拳が南に直撃する。その衝撃でカランと南の顔に装着されていた一枚の仮面が地面に落ちた。
「み、南!大丈夫?」
 ハッと我に返った千石が急いで南に駆け寄ると、南は自分の頬を痛そうに抑えていた。
「あぁ…何なんだいったい」
 日ごろ鍛錬を欠かさない南にとっては致命傷にはならないものの、何故という気持ちで室町を見上げる。
「呪いは解けたようですね」
 ふぅ、っと息を吐いて話す室町にさらにわけがわからないと南は二人の顔を何度も見る。
「メンゴ南、でも南が呪われてたからどうしても助けたくって…」
「俺は別に呪われてなんかいないぞ?」
「呪われてたって。さっきまで南がつけてた、これが証拠の呪いの仮面だよ!」
 呆気にとられる南に千石は側に落ちていた仮面を掴むと南の目の前に突き出した。

「…は?」
「あ…そういうことだったんですか」

 何を言われてもやっぱりわからない南と、仮面を見ただけで経緯を一瞬にして把握した室町は千石を見つめる。
「え?二人とも何?」
「千石さん、これは呪いの仮面でも何でもないですよ。単なるゴブリン族の仮面です」
 そういうと室町は千石の手から仮面を受け取った。
 その仮面にはピエロの様な目と耳まで裂けた大きく笑う口を刻まれて見ようによっては不気味さを感じる。
「ゴブリン族の仮面?」
「プロンテラからずっと西に集落を持つモンスターゴブリンの一族がつけている仮面のことです。彼らは決して素顔を見せずに仮面で全てを表現しているらしいです」
 室町の説明に南もそうだと頷いた。
「じゃあその仮面を何で南が持ってるんだい?」
「ゴブリン一族は縄張りから出ないんだけど、最近街の近くで見られるようになったっていう報告があって…本当は騎士団の仕事だったんだけど向こうが忙しいらしいから俺が代わりに調査を行ってきたんだ」
 なるほどと頷く千石と室町。
「で、奴らの集落に行く前にこれが落ちてて。多分集落から逸れたゴブリンが他のモンスターにやられて落としたんだろう」
「南がそれを拾ったのはわかったんだけどさ、何でわざわざつけてたの?」
 自らの意思で拾ったのなら勝手に装着されたのとはわけが違う。
「ゴブリン族ってさ、個々の力はそこまで強くないんだけど数が多いんだよ。だから、安全に調査するためには俺もゴブリンに化けて潜入しようと思ったんだ」
 カパっと再び仮面をつけて二人に向き合う南に、千石と室町は顔を見合わせた。
「化けるって…ゴブリンは長のゴブリンリーダーでさえ南さんより小さい体なんですよ」
「仮面一つで騙せると思ったんだ…南ってそういう抜けてる所も可愛いなぁ」
 室町の肩を掴んでブルブルと震え笑いを堪える千石に対し、室町は完全に呆れている。
「う、うるさい!あくまでも俺の任務は『調査』だったから、穏便にすませればと思ったんだ」
 自分でも少しは無茶だったかなと思ってるだけに、バツが悪そうに膨れながら南はそっぽを向く。
「結局、ゴブリン達は騙せたんですか?」
「…速攻で見つかって大勢に集られた上にゴブリンリーダーに追いかけられた」
「アハハ!やぱっり、見つかったんだ。しかもあっさり…南かわいー!」
 そっぽを向いたままボソっと呟く南に堪えきれなくなった千石は地面に崩れ落ち腹を抱えて笑い出した。
「笑いすぎだぞ千石!」
 悔しくて笑い転げる千石の頭に軽く拳骨を落とすが、痛いと言いながらも千石は笑うのを辞めなかった。
「何だよ室町…」
 笑うこともせずにジーっと南を見つめる室町の視線に気付き、照れを隠すように見つめ返す。
「いえ、こんな人が自分のギルドのマスターなんだなと思って」
「悪かったな、俺みたいな奴がマスターで」
 グッと言葉を詰まらせながらも言い返す南に室町はそう言う意味じゃないですよと言う。
「そうそう、室町くんは悪い意味で言ったんじゃないんだから」
 ようやく笑いが収まったのか、目尻の涙を拭うと千石が南の肩に手をおく。
「南はゴブリン達の事を考えたから、できるだけ傷つけたくなかったんだよね」
「…」

「昔言ってただろ、俺たちが生まれるずっと前モンスターはこの世界中のいたるところにもっと沢山いた。それを俺たち人間がモンスターを追いやったって。せめてうまく共存できるなら滅ぼすことなんてしたくないって言ったの俺はちゃんと覚えてるよ、だから今回の件も南が自分で名乗り挙げたんだろ?ゴブリン殲滅の指令が出ないように」
 聖戦に参加するクルセイダーがモンスターの事を考えるなんて異例のこと。南は違うと小さく呟く。
「俺は、自分の任務をこなしただけだ…」
「はいはい、そういうことでもいーよ」
 へらへらと笑う千石の意見を南は頑なに認めようとしない。
「千石さん」
「何?室町くん」
 再び背中を向けて武器を整備しだした南の背中を見つめて室町が小さく呼びかけた。
「やっぱり南さんはこういう人だから、俺たちのギルドのマスターなんですよね」
「そういうこと♪」
 室町は自分がこのギルドに来た事が間違いでないとこういう時に思い知らされる。

 いつも損な役回りをさせられてる様で芯はしっかりしてる南

 へらへら笑いつつも相手を思いやりきちんと見ている千石

「俺、ここに来てよかったです」
「うん?何か言った」
「いえ…何でもありません」
 うっかり口から出た言葉は誰にも聞き取る事ができず、室町は小さく笑うとその風景を見つめるのだった。


「ところでさぁ南、いくら作戦でもそんな仮面つけて街中歩いてたら子供に泣かれちゃうよ?」
「そうか?防御力があるから常に使おうかと思ったんだけど」
「うっそー!?そんなのダメだよ、可愛くないよー」
 実用性重視の南と見た目にこだわる千石。いくら千石が説得しても南は仮面をつける気らしい。
「南は頑固だな〜…じゃあせめて呼び方だけでも可愛くしよう!」
 ビシっと南の前に指を突き出して宣言する千石に南は眉を潜めた。
「呼び方?どういうことだ」
「ふっふっふ、千石にお任せあれ。そうだなぁ…ゴブリン仮面の南ってことで『ゴブみなみん』ってのはどう?可愛いっしょ♪」

…南と室町の体感温度が3度下がった

「室町どう思うよ」
「千石さんって史上稀に見るネーミングセンスの持ち主ですね」
 満足そうに笑っている千石に背中を向けてボソボソと話す南と室町の会話は千石には聞こえない。
「ゴブみなみんか〜、この名前にしたらその仮面も可愛いくみえてきたかも〜」
 楽しそうな千石をチラッと見て、仮面を着けることを断念する南とそれがいいですよと勧める室町であった。



終了